イザヤ書59:1-2
『見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。
あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。』
たくさん祈ったのに神の助けも救いもないと不満をもらしたことはありませんか。
さらに「答えがないから祈りたくもない」と言う人もいます。
みなさんはどうですか?
神の耳は聞こえないでしょうか。
神には力がなくて助けることが出来ないでしょうか。
神の手が短くて救えないでしょうか。
そんなことはないです。
神の耳にはどんな小さなうめきも聞こえ、神には全能なる力があるので何でも出来ます。
ですから答えがないことを神から探すのではなく、自分から探すことです。
自分に隠れた罪があるか、疑いながら祈ったのか、感謝もなく、求めることばかりしてないのかなど自分の中にある問題点を探ることです。
見つけて直すならば、状況が変わり、神の助けも救いも得ることが出来ます。
祈りの答えを神に期待するならば、祈る前に自分の罪を悔い改め、祈りの動機も正しくすることです。
【関連聖句】
イザヤ書59:2
『あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。』
【 お知らせ 】
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内容は、みことばの黙想と世界の国々への祈りです。
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