今日の「いのちのパンと祈り」

毎日の生活の中で、いのちのパンを食べて神様と共に歩きましょう。デボーション(祈り・黙想)のブログです。

光を拒んだ人々

2021-12-21 00:03:36 | ヨハネの福音書

 

ヨハネの福音書1:9-11

すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。

この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。

この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。

 

この世界は罪によって暗闇の世界に変わりました。

暗闇の世界に主イエスは真の光として来て下さいました。

 

闇の中にいる人々に光を照らすために光の主が来て下さったのに、なぜか人々は光のほうに来ませんでした。

それどころか受け入れようとしませんでした。

 

なぜでしょうか。

彼らは悟りませんでした。

 

光がいのちであることを。

そして光である主を信じると、神の子になる特権が得られることも。

 

今も多くの人が光である主を知りません。

自分たちが闇の中を歩んでいることも、また闇の子であることすら知らないです。

 

この光がいつまでもいるのではありません。

 

ヨハネの福音書12:35-36

イエスは彼らに言われた。「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。

あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。」イエスは、これらのことをお話しになると、立ち去って、彼らから身を隠された。

 

【祈り】

主よ。光である主が大好きです。光である主がいつも私を照らして下さい。

 

【聖句をノートに書きましょう】

-光-

  • 第1ヨハネ1:5
  • 第1ヨハネ1:7
  • マタイの福音書5:14

 

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みことばはすなわち神である

2021-12-20 00:03:11 | ヨハネの福音書

 

ヨハネの福音書1:1-3

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

この方は、初めに神とともにおられた。

すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

 

天地創造には創造主という存在がいました。

 

その方が天地を創造した時に、何によって創造したでしょうか。

ことばによって創造したことが創世記1章に記録されてあります。

 

そしてイエス様の誕生に当たって言われたことがありました。

 

ヨハネの福音書1:14

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

 

神と共にあったことばが人となったのがイエス・キリストでした。

イエス・キリストは神の御子です。

そしてすべてのものはこの方によって造られました。

 

コロサイ1:15-16

御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。

なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

 

【祈り】

主よ。ことばは主であることを信じます。イエス様によってすべてが造られたことも信じます。

 

【聖句をノートに書きましょう】

-イエス様-

  • ピリピ2:6-8
  • ヨハネの福音書17:5
  • ガラテヤ4:6

 

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パンくずでも欲しいと求める女

2021-12-19 00:00:20 | マタイの福音書

 

マタイの福音書15:26-28

すると、イエスは答えて、「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」と言われた。

しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」

そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の娘はその時から直った。

 

愛があふれるイエス様なのに、ここでは女に向かって『子どものパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことだ。』と言いました。

女の人を犬に例えて言いました。

 

多くの人はこれに対して腹を立て、イエス様を非難したと思います。

 

しかしカナン人の女は賢く答えました。

『主よ。その通りです。ただ小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。』

 

驚くべき答えです。

ここで言う「子ども」は選ばれたユダヤ人、「主人」はイエス様を意味します。

 

女の人のことばを聞いたイエス様は、『ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。』と言われました。

 

自分の願いをかなえるために、カナン人の女は大声で主を求め、あきらめずにしつこく求め、恥も構わなかったので、願いが叶えられました。

 

それによって娘は悪霊から解放されました。

私たちの信仰はどこまででしょうか。

 

【祈り】

主よ。最後まで求める信仰がありますように。

 

【聖句をノートに書きましょう】

-信仰-

  • マタイの福音書7:7-8
  • マタイの福音書17:20
  • マルコの福音書9:23

 

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あきらめずに求めることが大切

2021-12-18 00:02:55 | マタイの福音書

 

マタイの福音書15:23-25

しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。そこで、弟子たちはみもとに来て、「あの女を帰してやってください。叫びながらあとについて来るのです」と言ってイエスに願った。

しかし、イエスは答えて、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません」と言われた。

しかし、その女は来て、イエスの前にひれ伏して、「主よ。私をお助けください」と言った。

 

自分を切に求める人々の声にすぐに反応するイエス様ですが、イエス様はこの時は女の声にまったく反応しませんでした。

これはとても珍しいことでした。

 

それでも女の人はさらに近付きながら大声で主を呼んでいました。

周りの目が女の人に注がれ、恥ずかしいはずなのに、それは全く考えず叫び続けました。

 

弟子たちもそれには困りました。

沈黙を守っている主に向かって叫び声をあげていた女の人の姿は、私たちの姿にならないといけないです。

 

私たちはあまりにも人の目を気にして上品なふるまいをするし、しつこく叫ぶことは主にも周りにも迷惑なことだと思っています。

ですから死にそうな時が来ても、控えめな祈りしか出来ないし、あきらめも早いです。

 

粘り強く求める人が祝福を勝ち取ることを覚えないといけないです。

主から答えを得るまで祈り続けることです。

 

【祈り】

主よ。あきらめずに求め続けることが大切ですね。

 

【聖句をノートに書きましょう】

-祈り-

  • イザヤ書58:9
  • エレミヤ書29:12-13
  • ヨハネの福音書15:7

 

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悲痛なお母さんの叫び

2021-12-17 00:02:22 | マタイの福音書

 

マタイの福音書15:21-22

それから、イエスはそこを去って、ツロとシドンの地方に立ちのかれた。

すると、その地方のカナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです。」

 

女は弱いが母は強いということばは昔から使われています。

間違いのないことばです。

 

女の人が母になると、みんながたくましくなります。

母性本能がそうさせると思います。

 

カナン人の女はイエス様から見たら外国人です。

 

そしてユダヤ人は彼らとは付き合わず、嫌っていました。

そんなことは女の人もよく知っていました。

 

しかし悪霊に取りつかれて苦しんでいる娘のためには、何としてもイエス様に会わないといけないと思って、群衆の中で悲痛な叫び声をあげました。

主のあわれみを必死に求めました。

 

『主よ、ダビデの子よ。』と叫んだのを見ると、イエス様をメシアとして認めたことになります。

困っているからなりふり構わず助けを求めたのではなく、主が誰であるのかを知って求めました。

 

皆さんは正しく知って主を呼んでいますか。

知ってその名を呼ぶならば、主はその声を聞いて下さいます。

 

【祈り】

主よ。娘のためにどんなに切なる気持ちで主に叫んだでしょうか。

 

【聖句をノートに書きましょう】

-祈り-

  • マルコの福音書11:24
  • ヨハネの福音書15:7
  • エレミヤ書29:11

 

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