黄色い煙突
「ロシアはなぜ負けるのか」
ということが、世界中の関心のまとになっていることも、艦隊のひとびとは新聞によって知った。そのことについて論評する新聞は、多くは、
「この災害(ロシアにとっての)は、その専制政治と専制政治につきものの属領政治にある」
ということを結論にした。これは世界的常識になった。
ロシアは憲法をもたず、国会をもたず、その専制皇帝は中世そのままの帝権をもち、国内にいかなる合法的批判機関ももたなかった。
「専制国家はほろびる」
…
大諜報
戦後も、日本の新聞は、
ロシアはなぜ負けたか。
という冷静な分析を一行たりとものせなかった。…
…「ロシア帝国は日本に負けたというよりみずからの悪体制にみずから負けた」…
…そういう冷静な分析がおこなわれて国民に知らしめるとすれば、…神秘主義的国家観からきた日本軍隊の絶対的優越性といった迷信が発生せずに済んだか、発生しても神秘主義に対して国民は多少なりとも免疫性をもちえたかもしれない。…
鎮海湾
この時期、ロシアに、革命前夜を思わせる重大な社会不安がおこっていた…
…ロシア皇帝の立場になって考えるに、…
革命さわぎによって戦争どころではなくなっており、帝政の寿命をのばそうとおもえばここで戦争を打ち切るほうがよく、そういう意見はすでに外国においても出ていた。…
あとがき
…子規はごくふつうの人であった。明治期には子規のような一種人生の達人といった感じの風韻のもちぬしは、どの町内にも村にも、あふれて存在していたようにおもわれる。…日露戦争期の明治というのはそういうものの上に成立している。
…真之にすればそのこと(授業料のいらない海軍兵学校に転ずること)が子規への裏切りになると大まじめにおもい、「生涯会えないかもしれない」とわび状を書いて出てゆく…
私はこの心情風景をいつか書きたいとおもっていた。それが、自分の中でいろいろなかたちにひろがって、おもわぬ書きものになった。…