先日読んだ「朗読のヒント」(永井一郎 著 ふきのとう書房)という本の中に、音楽を表現するうえでとても参考になる文章があったので、ご紹介したいと思います。著者の永井一郎さんは、テレビアニメ「サザエさん」のなかでサザエさんのお父さん波平さんの声を演じている声優さんです。本文よりそのまま引用させていただきます。
「親友の一人に楠瀬一途さんという声楽家がいました。-(略)-生前、稽古につきあったことがあります。楠瀬さんは「砂山」からはじめました。山田耕作が作曲した方の「砂山」です。海は荒海/向こうは佐渡よ/すずめ啼け鳴け/もう日は暮れた 「どうかな?」のびやかにひろがる美しい声、しみじみとしみてくる情緒、どこといって文句のつけようもありません。でも、なにかものたりませんでした。「景色が見えてるかな」「見えてる・・・と思うよ」彼はイメージした絵を説明してくれました。イメージを絵にすることはできていたのです。「なにをはいている?」「え?」「足になにをはいてるの?」私のとっさの質問に、彼は答えられませんでした。「クスさんは、景色として砂山と海を見ているだけでしょ。あなたが実際に砂山にいなくちゃ。なにをはいているかな。ゴム草履じゃないよね。時代がちがうもの。わら草履かな。指の間に砂粒がはさまっているかもしれない。日が暮れて、砂地はだんだん冷えてきてるんじゃないだろうか。空気はどうかな。冷たい潮風だろうな」彼は、私の言うことを忠実にやってみようとしました。自分のまわり全部にイメージの世界をつくろうとしました。冷たさの実感を得るために、裸足にもなりました。しばらく新しいイメージに集中しようとしていましたが、伴奏者に合図を送ると歌い始めました。さっきとは、声そのものがちがっていました。足の裏に冷たさを感じるという、ただそれだけで、声まで変わってしまったのです。彼はコンサートで歌う歌をすべて稽古しなおしました。イメージを「目の前の絵」から「いまいる空間」に変えたのです。そした、五感を総動員して現実感を得ようとしました。」
この文章を読んで、私も演奏する時は頭の中にイメージした映像を観ながら演奏していたように思いました。観るだけではだめなんですね。暑さ寒さや肌の感触、空気の匂いまでも感じながら演奏しなければ・・・と思いました。五感をフルに使ってイメージの中に身をおくためには、五感を使った体験をたくさんしていなければなりません。テクニックの練習だけでは表現力は磨けないということですね。いろんなことに興味を持って、いろんな体験をして、表現力をみがきましょう!