少年はトレーディングカード、つまり通称トレカを集めるのが趣味だった。戦闘能力の高いカードやレアカードも勿論持っていたが、少年が特に愛しているカードは地味ながら個性のあるキャラのカード。目立っている人間が嫌いなその少年は、趣味の世界でも目立たない存在を溺愛した。
少年は友人がいないから、せっかく見事なまでのカードコレクションを持っていてもそれを披露する機会はなかったが、少年にとってカード趣味というものは好きなカードをじっくり眺めて楽しむという意味であり、潔癖症な少年は必ず専用の手袋をはめてカードを見た。
「誰にもこのカードは触らせない」
少年は毎夜カードを眺めては孤独な時間を恍惚の時間へ変えていたのだ。
ある日、少年はカードが劣化しないようにするためにラミネート加工をする事を思いついた。ラミネート加工を施せばカードは汚れないし、色褪せたりもしない。永遠にその輝きを維持できるのだ。少年は自ら考えたこのアイデアに酔いしれ、専門店に出向いてラミネート加工を施した。
ラミネート加工をしたあとも少年は手袋をしてカードを扱っていたが、以前よりずっと精神的には楽になった。
「もう、これで汚れる事はないんだ。永遠にまっさらなままなんだ」
少年の孤独で恍惚の時間はますます充実の時を刻んでいくかと思われた。
しかし、一週間ほど経つとカードに異変が起き始めた。印刷が落ち始めたのである。カードに使われていたインクか、或いは印刷方法がラミネート加工には合わなかったのか、文字や絵が霞んでいくのだった。
少年はショックのあまり一心不乱でラミネートを切り元の状態に戻したが、もう手遅れであった。カードは以前のカードではなくなっていた。
「なんで!なんでなんだよ!あんなにお金を使ってきたのに。なんでなんだよ」
少年は色褪せたカードを床に無造作に並べながら涙を流した。
それから一週間も経ったかどうかというある日、少年は河原でコレクションしてきたカードを燃やすと、そのまま駅前のCD屋に足を運んだ。手にしたCDには週末行われるイベントへの参加券が封入されている。少年はイベントに参加してメンバーと握手をするつもりだ。勿論、アイドルと握手をするのは初めてだ。彼は新たな生き甲斐を見つけた。対象がカードという人工物からアイドルという生身の人間に変わった。
家に変えると少年はCDに付属してきた特典生写真をいつものように手袋をしながら手にとり、薄笑いを浮かべた。新たな孤独で恍惚の時間が始まったのだ。
「さすがに人間をラミネートするようなヘマはしないからな」
少年は止まらない頬の緩みを押さえようともせず、たくさん妄想をした。まだ、妄想の先に、いや妄想と同じ時間に大好きなメンバーが想像を超えた世界に身を流している事は当然知らない。
nerve/BiS(MV+live)