とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

佐山医師の忠告

2013-09-14 23:23:50 | 日記
佐山医師の忠告




「ル・ペルテイエ街のオペラ座の稽古場」(1872年 エドガー・ドガ)

 ドガのいわゆる踊り子シリーズの作品を見ると、この絵のような楽屋とか練習場の様子を描いたものが多い。開演前の緊張感が描かれていたり、楽屋で共演者と演技内容を確かめ合っているほほえましい情景が描かれていたりする。それが何とも可愛らしいのである。私の知る限りでは、舞台を描いたものは少ないのではないのか、と思っている。


 小室さんの病状の改善が見られないので、お弟子さんたちが山に向かって出かけました。私もついて行きました。佐山医師と笙子さんは窯場に残っていました。麗華さんは公演中でどうしても帰られないということでした。麗華さんのお母さんは体調を崩しておられるということでこれまた帰られませんでした。私は観音様の山へ続く坂をトラックで登りながら、お弟子さんたちと話していました。お弟子さんたちは、被害が少なければその場ですべて修復は終わると話していました。大きく壊れているブロックがあれば応急手当をしておいて、後で作り直すつもりだという説明もありました。・・・頂上に着きました。観音様はバラバラになってブロックが散乱していました。お弟子さんがすべてのブロックを確かめたところ作り直しのブロックは数個で、何とか復元出来るということでしたので、私はほっとしました。しかし、相当焦げているものがたくさんあって、夜間のニケ像はぼやけて見えるだろうということでした。


 鈴木さん、どれくらいかかりますか。・・・窯場の責任者に尋ねました。

 壊れたものを修理するのに少し手間取りますが、足場を組んで組み立てるのは簡単です。

 そうですか。そりゃよかった。

 ほんとです。もっとひどいことになっていると思っていましたが・・・。

 ブロックを運ぶのを少し手伝ってから、私はその後の作業をじっと見ていました。一時間くらいたつとすっかり形が出来上がりました。足場が解かれ、お弟子さんたちが周りを点検していました。・・・一応出来上がりました。部分的な補修作業はブロックが出来上がってからです。鈴木さんはそう言いました。では、佐山先生に知らせてもいいですか。私が尋ねると、お願いします、という鈴木さんの返事。私は不安と期待の入り混じった気持ちで携帯を取り出して佐山先生の番号をプッシュしました。

 ああ、先生ですか。こちら、お弟子さんのお蔭でほぼ元の姿になりました。

 大変でした。お疲れ様。

 小室さんの様子を後で知らせてください。

 私は一旦電話を切って、返事を待ちました。しばらくすると着メロのジュピターが聞こえました。

 あっ、先生、小室さんどうでしょう。

 畝本さん、ありがとうございます。父の意識が回復しました。

 あっ、笙子さんですか。そうですか。よかったです。・・・嬉しいです。あっ、もし、もし、先生に変わってください。


 佐山です。不思議です。徐々に回復しました。話が出来るようになりました。

 ほんとによかったです。

 畝本さん、ご免なさい。今、ちょっとだけお話ししたいことがあります。

 えっ、何でしょう。

 申し上げにくいですが、この度の出来事は何かを諭している気がしてならないのです。

 どういうことですか。

 天啓だと私は思うのです、この度の出来事は・・・。

 天啓・・・。

 そうです。そうとしか考えられません。・・・私は携帯を耳に当てたまましばらく次の言葉が出てきませんでした。

東日本大震災へのクリック募金←クリック募金にご協力ください。