変化の予感

藤島武二 『 蝶 』 1904 (M37)
この作品は非常に人気がある。作中の少女が今にも蝶たちに連れ去られる、というか、自身に羽根が生えて飛んでいく場面を想像してしまう。あるいはこの少女は蝶の世界の女王かもしれない。という風にいろいろな想像力を刺激する。絵の試みの無限大の広さを感じさせる作品である。
思い屈したときは遠出するに限る。長柄さんがそう私を促したので、弥次喜多道中を決め込むこととなりました。目的地は東京の国立新美術館。そこで新陽展が開催されていました。会期末が迫っていたので長柄さんは私を急かせました。京子さん夫妻の入選作品が掲げてあるはず。何が描いてあるか。私は全く予備知識がないまま出かけました。岡山に出て新幹線乗り場に行くと、近くの乗車口に佐久良さんが立っていて私たちは驚きました。おお、佐久良さんじゃないですか。そう長柄さんが呼びかけると、向こうもびっくりした表情で、お揃いでどちらまで・・・、と聞きました。美術展ですよ、京子の。そう長柄さんが答えると、ええっ、私もです、という返事。奇遇とはこのこと。私も驚いて、じゃ、ご一緒に・・・、と言いました。すると、お二人のお邪魔をしては悪いですから、も一つ向こうの車両に乗ります、美術館でまた・・・。そう言ってどんどん走って行きました。二人はしかたなく隣の車両に乗り込みました。すーっと扉が閉まりました。私はいつものように閉塞感に襲われそうになりました。
おい、大丈夫か。・・・長柄さんが尋ねました。
こういう時には気を紛らわすに限る。元気薬がここにある。・・・私は内ポケットからウイスキーのポケット壜を取り出して一口飲みました。喉が焼けるような刺激を感じました。
病は気から。すぐに収まる。
お前はややこしい男だな。
四十二の厄年のころから私に取り付いてしまった。もう、私の一部になった。・・・そう言ってまた二口飲みました。すると、発作が起きる気配が収まりました。
もう大丈夫だ。ごめん、ごめん、心配かけて。
美味そうだな。俺にもくれよ。
どうぞ、どうぞ。・・・私は壜を差し出しました。すると、一気にごくごく飲み始めました。
強いな。そんなに続けて飲んでいいのか。
ははっ、平気だ。・・・とうとう二人はすっかりいい気持ちになり、口数が多くなりました。
なあ、あの佐久良、年寄りを旨くかわしたな。
いいじゃない。将来のある若い女性なんだから。
いやな、今度の絵だけどな、彼女がモデルらしい。冴子情報だ。だから彼女気になるんだよ。
へえー、モデル。
そうだよ。京子は佐久良がいた前の劇団の公演を見たらしい。まあ、女が女に惚れるってやつだな。すぐ楽屋に言ってモデルを頼んだらしい。そこで意気投合。だから随分前から京子のアトリエに通っていたらしい。そりゃ、公演もあるし、いろいろ忙しい体だから、京子が向こうに出かけることもあったらしいけど・・・。だから、出雲に住みたいという気持ちはその時から持ち続けていたんだ。そのころ彼女もいろいろ悩んでいたと思う。京子は励ましていたんじゃないのか。
佐久良さんから画家として直感的に感じるものがあった。・・・それはもしかして、オーラのようなもの。ぼくは、自然にあの夜の出来事を思い出す。
いや、俺も冴子さんからいろいろと聞いたとき、そのことを思った。京子は鋭い勘を持っている。
ということは作品の絵柄が予想できるような気がする。
なんだって、・・・じゃどういう絵だ。
変化だ、へんげ。
へんげ。
そうだと思う。・・・変化する予感を定着する。
何に変化するんだ。
それはわからない。楽しみだ。・・・その予感を描くのは至難の業だと思う。
お前、すべて分かったような言い方をするなあ。もし違ってたらどうする。
いや、見えてくるような気がする。
お前、酔っ払ったんじゃないのか。
いや、そんなことはない。・・・ただ、「母」の声が聞こえてくるだけだ。
母 !!
そうだ。「母」だ。
ふん、なにが母だ。お前のおっかさんは死んだんじゃないか。
いや、生きている、ずっと離れたところで。
東日本大震災へのクリック募金←クリック募金にご協力ください。

藤島武二 『 蝶 』 1904 (M37)
この作品は非常に人気がある。作中の少女が今にも蝶たちに連れ去られる、というか、自身に羽根が生えて飛んでいく場面を想像してしまう。あるいはこの少女は蝶の世界の女王かもしれない。という風にいろいろな想像力を刺激する。絵の試みの無限大の広さを感じさせる作品である。
思い屈したときは遠出するに限る。長柄さんがそう私を促したので、弥次喜多道中を決め込むこととなりました。目的地は東京の国立新美術館。そこで新陽展が開催されていました。会期末が迫っていたので長柄さんは私を急かせました。京子さん夫妻の入選作品が掲げてあるはず。何が描いてあるか。私は全く予備知識がないまま出かけました。岡山に出て新幹線乗り場に行くと、近くの乗車口に佐久良さんが立っていて私たちは驚きました。おお、佐久良さんじゃないですか。そう長柄さんが呼びかけると、向こうもびっくりした表情で、お揃いでどちらまで・・・、と聞きました。美術展ですよ、京子の。そう長柄さんが答えると、ええっ、私もです、という返事。奇遇とはこのこと。私も驚いて、じゃ、ご一緒に・・・、と言いました。すると、お二人のお邪魔をしては悪いですから、も一つ向こうの車両に乗ります、美術館でまた・・・。そう言ってどんどん走って行きました。二人はしかたなく隣の車両に乗り込みました。すーっと扉が閉まりました。私はいつものように閉塞感に襲われそうになりました。
おい、大丈夫か。・・・長柄さんが尋ねました。
こういう時には気を紛らわすに限る。元気薬がここにある。・・・私は内ポケットからウイスキーのポケット壜を取り出して一口飲みました。喉が焼けるような刺激を感じました。
病は気から。すぐに収まる。
お前はややこしい男だな。
四十二の厄年のころから私に取り付いてしまった。もう、私の一部になった。・・・そう言ってまた二口飲みました。すると、発作が起きる気配が収まりました。
もう大丈夫だ。ごめん、ごめん、心配かけて。
美味そうだな。俺にもくれよ。
どうぞ、どうぞ。・・・私は壜を差し出しました。すると、一気にごくごく飲み始めました。
強いな。そんなに続けて飲んでいいのか。
ははっ、平気だ。・・・とうとう二人はすっかりいい気持ちになり、口数が多くなりました。
なあ、あの佐久良、年寄りを旨くかわしたな。
いいじゃない。将来のある若い女性なんだから。
いやな、今度の絵だけどな、彼女がモデルらしい。冴子情報だ。だから彼女気になるんだよ。
へえー、モデル。
そうだよ。京子は佐久良がいた前の劇団の公演を見たらしい。まあ、女が女に惚れるってやつだな。すぐ楽屋に言ってモデルを頼んだらしい。そこで意気投合。だから随分前から京子のアトリエに通っていたらしい。そりゃ、公演もあるし、いろいろ忙しい体だから、京子が向こうに出かけることもあったらしいけど・・・。だから、出雲に住みたいという気持ちはその時から持ち続けていたんだ。そのころ彼女もいろいろ悩んでいたと思う。京子は励ましていたんじゃないのか。
佐久良さんから画家として直感的に感じるものがあった。・・・それはもしかして、オーラのようなもの。ぼくは、自然にあの夜の出来事を思い出す。
いや、俺も冴子さんからいろいろと聞いたとき、そのことを思った。京子は鋭い勘を持っている。
ということは作品の絵柄が予想できるような気がする。
なんだって、・・・じゃどういう絵だ。
変化だ、へんげ。
へんげ。
そうだと思う。・・・変化する予感を定着する。
何に変化するんだ。
それはわからない。楽しみだ。・・・その予感を描くのは至難の業だと思う。
お前、すべて分かったような言い方をするなあ。もし違ってたらどうする。
いや、見えてくるような気がする。
お前、酔っ払ったんじゃないのか。
いや、そんなことはない。・・・ただ、「母」の声が聞こえてくるだけだ。
母 !!
そうだ。「母」だ。
ふん、なにが母だ。お前のおっかさんは死んだんじゃないか。
いや、生きている、ずっと離れたところで。
東日本大震災へのクリック募金←クリック募金にご協力ください。