勧請
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小さな祠
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私は「母」の家を出て天橋立を見ました。白砂青松の景観はすばらしく、疲れを癒すことが出来ました。しかし、心の中にまだし残したことがあるような気がしてそれを探っていました。・・・私に出来ること。いろいろな人物を思いめぐらしました。そしてはたと思いついたことがありました。中村仙女だ。あの人なら今までの経緯も知り尽くしているだろうし、生野劇団の団長に会うこともできる。私は、意を決して京都の新阿国座に行こうと思いました。
電車に乗り、京都駅に着きました。そこで、タクシーを拾い、新阿国座の稽古場に向かいました。着いたときには緊張感も手伝って、心身ともに疲労の極に達していました。玄関に立つと足元がふらついてきました。そして頭から血の気がひいていくような感覚に襲われ、しゃがみこんでしまいました。それを見つけた稽古場の職員がかけつけてくれました。どうなさったんですか。いや、たいしたことはあれません。応接室が空いていますから、どうぞそこでお休みになってください。言われるまま私はやっとのことで部屋のソフアーに腰かけました。部屋の暖房が心地よく私を包んでくれました。しばらくするとその職員が暖かい飲み物とお菓子を運んでくれました。私は貪るように食べつくしました。
どなたですか。・・・どちらからおいでになったのですか。
突然お邪魔してご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。・・・私は島根から来ました。畝本と申します。な、なかむら・・・せんにょさんに会わせていただけませんでしょうか。
どういうご用件でございましょうか。
出雲の劇団のことでご相談したいことがあります。
出雲の・・・といいますと、湖笛でしょうか。
ええ、そうです。私は、そこの職員です。
そうですか。遠いところをお態々お出かけ頂きありがとうございます。
仙女さんはここの稽古場には今いらっしゃいますでしょうか。
いや、今日は自宅の方にいます。これからすぐに連絡してみます。少しお待ち頂けませんでしょうか。・・・職員は出て行きました。そしてしばらくすると帰ってきました。
すぐにこちらへ来ますので、しばらくお待ち頂けませんでしょうか。
それはよかった。ええ、ではここで待たせて頂きます。・・・10分くらいすると車の音がして、部屋のドアがゆっくりと開きました。和服姿の仙女は笑みをたたえながら入り、私の前に座りました。
お久しぶりでございます。お疲れではありませんか。
いや、貴女のお顔を拝見したら元気が出てきました。
早速ですが、どういうご用件でございましょうか。
いや、他でもない、あの事件のことですが・・・。
やっぱり。その節は大変ご心配をお掛けいたしました。
いや、私はたまたまそこに居合わせたので、たいしたことも・・・。琢磨君が旨く楯になってくれたので、佐久良は事なきを得たようです。琢磨君も不幸中の幸いというか、誰かが守ってくれたのか、大事に至りませんでした。
ええ、そうでした。ありがたいことだと思っています。
問題はその後の対応ことですが・・・。
顧問からそちらの様子は伺っています。こちらの方でも幹部が対策を練りました。ご存知だと思いますが、劇団挙げて統一行動をする予定でございます。
ええ、ええ、そうでした。・・・私がお邪魔しましたのは、向こうの劇団のどなたかに、出来ましたら団長さんにお願いして頂けないかと・・・。いや、これはあくまで私個人の考えでございます。
私が団長さんに、ですか。
ええ、そうです。
何をお願いするのですか。
どう言いますか、・・・端的に申し上げますと、これ以上矛先をこちらに向けないようにと・・・。
矛先。・・・貴方は少し誤解をなさってはいませんか。あちらの座長はそういうことは考えていないと思います。そうですね、過去に地方回りの時に観客の奪い合いは何度かしたことがあります。しかし、それはどの劇団でも同じことです。体を張る覚悟は地方回りではいつでも必要でした。そういう意味では戦いだったかもしれませんが、自ずと出来たルールがあり、それを舞台人として守っていました。
ではこの度の事件は・・・。
私は向こうの劇団の狂信的なファンの単独行動だと思っています。
そうですか。しかし、団長と佐久良との愛情の縺れということもあったということを聞いていますが・・・。
いや、それに関したことは事実あったと私も聞いています。しかし、そのこととこの度のこととは結びつかないと私は考えています。・・・畝本さん、出雲ではあまりにも深刻に考え過ぎているようですね。私は三朗さんにも申し上げました、深刻になってはいけない、真剣にならなくてはと。それから付け加えて彼に申し上げました。この度ことがかつての過激なライバル意識を刺激することもあるので心して対応して頂きたいということを。
三朗は深刻になりすぎているということですか。
真剣さが深刻さに変わってしまったのかも知れませんね。
佐久良は三朗がかくまっていますが、そのこともですか。
いや、それは賢明だと思います。
そうですか。しかし、まさかという事態が起こることも考えられると思います。
だから私が向こうへ行くということですか。私でなくてはいけないのですか。
ええ、私はそう思っています。
私が断ったらどうします。
えっ、どうすると言っても・・・、貴女でないといけないのでは・・・。
貴方が行ったらどうですか、畝本さん。
えっ、私が・・・。
畝本さん、もうこの議論は止めましょう。貴方の気持ちの底にあるものがよく分かりました。
えっ、・・・。
ご縁市場への思い、いや、出雲への思いと言った方がいいかも知れません、そういうものをひしひしと感じます。・・・ありがとうございます。
えっ、お礼を言われるようなことを私は何も・・・。
私も諏訪の土地と深い関わりのある女です。だからよく分かります。・・・諏訪の神は戦いを好まない。畝本さん、諏訪神社をご縁市場に勧請してはいかがでしょうか。私も尽力します。笙子さんのお宮の境内にもう一つの末社としての諏訪神社があります。私が諸費用を出します。ご縁市場に遷座して頂いてはいかがでしょうか。きっと守って頂けると思います。末永く。それが実現すれば、その隣に私が新しい祠を建てます。そこにはスサノオの神をお祀りしましょう。そうすれば、最強の神座が出来上がります。・・・私はまだ芸道半ば、出雲大社にはお礼参りに行ってはいません。出雲大社に行く前にご縁市場でタケミナカタの神とスサノオの神に先ず礼を尽くしたいと思います。・・・お宮建造の件、早速私は実行したいと思います。
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私は「母」の家を出て天橋立を見ました。白砂青松の景観はすばらしく、疲れを癒すことが出来ました。しかし、心の中にまだし残したことがあるような気がしてそれを探っていました。・・・私に出来ること。いろいろな人物を思いめぐらしました。そしてはたと思いついたことがありました。中村仙女だ。あの人なら今までの経緯も知り尽くしているだろうし、生野劇団の団長に会うこともできる。私は、意を決して京都の新阿国座に行こうと思いました。
電車に乗り、京都駅に着きました。そこで、タクシーを拾い、新阿国座の稽古場に向かいました。着いたときには緊張感も手伝って、心身ともに疲労の極に達していました。玄関に立つと足元がふらついてきました。そして頭から血の気がひいていくような感覚に襲われ、しゃがみこんでしまいました。それを見つけた稽古場の職員がかけつけてくれました。どうなさったんですか。いや、たいしたことはあれません。応接室が空いていますから、どうぞそこでお休みになってください。言われるまま私はやっとのことで部屋のソフアーに腰かけました。部屋の暖房が心地よく私を包んでくれました。しばらくするとその職員が暖かい飲み物とお菓子を運んでくれました。私は貪るように食べつくしました。
どなたですか。・・・どちらからおいでになったのですか。
突然お邪魔してご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。・・・私は島根から来ました。畝本と申します。な、なかむら・・・せんにょさんに会わせていただけませんでしょうか。
どういうご用件でございましょうか。
出雲の劇団のことでご相談したいことがあります。
出雲の・・・といいますと、湖笛でしょうか。
ええ、そうです。私は、そこの職員です。
そうですか。遠いところをお態々お出かけ頂きありがとうございます。
仙女さんはここの稽古場には今いらっしゃいますでしょうか。
いや、今日は自宅の方にいます。これからすぐに連絡してみます。少しお待ち頂けませんでしょうか。・・・職員は出て行きました。そしてしばらくすると帰ってきました。
すぐにこちらへ来ますので、しばらくお待ち頂けませんでしょうか。
それはよかった。ええ、ではここで待たせて頂きます。・・・10分くらいすると車の音がして、部屋のドアがゆっくりと開きました。和服姿の仙女は笑みをたたえながら入り、私の前に座りました。
お久しぶりでございます。お疲れではありませんか。
いや、貴女のお顔を拝見したら元気が出てきました。
早速ですが、どういうご用件でございましょうか。
いや、他でもない、あの事件のことですが・・・。
やっぱり。その節は大変ご心配をお掛けいたしました。
いや、私はたまたまそこに居合わせたので、たいしたことも・・・。琢磨君が旨く楯になってくれたので、佐久良は事なきを得たようです。琢磨君も不幸中の幸いというか、誰かが守ってくれたのか、大事に至りませんでした。
ええ、そうでした。ありがたいことだと思っています。
問題はその後の対応ことですが・・・。
顧問からそちらの様子は伺っています。こちらの方でも幹部が対策を練りました。ご存知だと思いますが、劇団挙げて統一行動をする予定でございます。
ええ、ええ、そうでした。・・・私がお邪魔しましたのは、向こうの劇団のどなたかに、出来ましたら団長さんにお願いして頂けないかと・・・。いや、これはあくまで私個人の考えでございます。
私が団長さんに、ですか。
ええ、そうです。
何をお願いするのですか。
どう言いますか、・・・端的に申し上げますと、これ以上矛先をこちらに向けないようにと・・・。
矛先。・・・貴方は少し誤解をなさってはいませんか。あちらの座長はそういうことは考えていないと思います。そうですね、過去に地方回りの時に観客の奪い合いは何度かしたことがあります。しかし、それはどの劇団でも同じことです。体を張る覚悟は地方回りではいつでも必要でした。そういう意味では戦いだったかもしれませんが、自ずと出来たルールがあり、それを舞台人として守っていました。
ではこの度の事件は・・・。
私は向こうの劇団の狂信的なファンの単独行動だと思っています。
そうですか。しかし、団長と佐久良との愛情の縺れということもあったということを聞いていますが・・・。
いや、それに関したことは事実あったと私も聞いています。しかし、そのこととこの度のこととは結びつかないと私は考えています。・・・畝本さん、出雲ではあまりにも深刻に考え過ぎているようですね。私は三朗さんにも申し上げました、深刻になってはいけない、真剣にならなくてはと。それから付け加えて彼に申し上げました。この度ことがかつての過激なライバル意識を刺激することもあるので心して対応して頂きたいということを。
三朗は深刻になりすぎているということですか。
真剣さが深刻さに変わってしまったのかも知れませんね。
佐久良は三朗がかくまっていますが、そのこともですか。
いや、それは賢明だと思います。
そうですか。しかし、まさかという事態が起こることも考えられると思います。
だから私が向こうへ行くということですか。私でなくてはいけないのですか。
ええ、私はそう思っています。
私が断ったらどうします。
えっ、どうすると言っても・・・、貴女でないといけないのでは・・・。
貴方が行ったらどうですか、畝本さん。
えっ、私が・・・。
畝本さん、もうこの議論は止めましょう。貴方の気持ちの底にあるものがよく分かりました。
えっ、・・・。
ご縁市場への思い、いや、出雲への思いと言った方がいいかも知れません、そういうものをひしひしと感じます。・・・ありがとうございます。
えっ、お礼を言われるようなことを私は何も・・・。
私も諏訪の土地と深い関わりのある女です。だからよく分かります。・・・諏訪の神は戦いを好まない。畝本さん、諏訪神社をご縁市場に勧請してはいかがでしょうか。私も尽力します。笙子さんのお宮の境内にもう一つの末社としての諏訪神社があります。私が諸費用を出します。ご縁市場に遷座して頂いてはいかがでしょうか。きっと守って頂けると思います。末永く。それが実現すれば、その隣に私が新しい祠を建てます。そこにはスサノオの神をお祀りしましょう。そうすれば、最強の神座が出来上がります。・・・私はまだ芸道半ば、出雲大社にはお礼参りに行ってはいません。出雲大社に行く前にご縁市場でタケミナカタの神とスサノオの神に先ず礼を尽くしたいと思います。・・・お宮建造の件、早速私は実行したいと思います。
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