とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

明けない夜

2014-01-23 16:24:04 | 日記
明けない夜




[PHOTO STOCKER]高解像度のフリー写真のサイトより借用しました。


 非番の日の朝、目が覚めても真っ暗でした。時計を見ようとしましたが、どこに何があるのかさっぱり分かりませんでした。どうしたのか。なにが起こったのか。夢を見ているのか。・・・しかし、さっぱり分かりません。上体を起こしてみました。しかし、何も見えません。漆黒の闇が目の中に限りなく広がっています。しまいには怖くなりました。隣にいる筈の妻を呼びました。階下から声が聞こえました。


 どうしたの。

 今何時なんだ。

 時計があるでしょ。

 ない。どこにもない。

 えっ、どうしたの。

 暗くて何も見えない。夜が明けたかどうかも分からない。

 そんな、もうとっくに明けてますよ。7時ですよ。

 ちょっと来てくれないか。何にも見えない。

 ええっ!! す、すぐ行きますから。・・・階段を駆け上がる音がしました。

どうしたんです。

 どうって・・・、さっぱり分からない。

 私が見えますか。

 ちっとも見えない。声だけ聞こえる。・・・妻が手を握る感覚がとても頼もしく思えました。

 目はしっかり開いています。瞳孔も開いています。何か夕べ変わったことをしましたか。

 何もしなかった。普通に寝た。

 歩けますか。・・・佐山先生に診てもらいます。

 いや、歩こうと思うけど、怖くて歩けない。

 じゃ、少し待っててください。先生に連絡します。

 私は、妻が出ていくとまた深い闇に取り残されたような感覚に襲われ、体が小刻みに震えてきました。何がどうなっているか分からない。助けてくれ !! 私は心の中で叫んでいました。そうだ、私の過去の罪障が積もり積もって私を懲らしめているに違いない。だとしたら、じたばたしても始まらない。とにかく、医者がどう言うか、それを待つしかない。・・・待つ時間が長くて怖く感じられ、叫びだしたいような気持になりました。私の残り少ない未来が闇の中で黒く輝いているような気持ちになりました。このまま光を失って、・・・生きていくのか。・・・そうだ、死んだ方がまだましかも分からない。

 あなた、佐山先生ですよ。

 畝本さん、私の方に顔を向けてください。・・・先生の暖かい両の掌が頬を包みました。

 瞼をしっかり開けてください。・・・そうです、そうです。これから、瞳孔の反応を診ますからね。顔は動かさないように。

 この光を感じますか。

 光・・・。・・・ちっとも感じません。

 畝本さん、瞳孔は反応していますよ。感じない筈はないんですが・・・。

 ちっとも感じません。

 最近、見えにくくなったとか、何か自覚症状はありましたか。

 いえ、なかったと思います。

 そうですか。・・・網膜の視神経の機能を眼科で調べる必要がありますね。紹介しましょう。・・・おかしいですね。瞳孔が機能しているんですけれど・・・。脈をとりますから、肩の力を抜いてください。

 脈拍は正常です。次に血圧を測ります。・・・腕を締め付ける感覚が右腕から感じられました。

 血圧はやや高めですが、正常と言っていいと思います。次に、心臓の音を聞かせてください。・・・聴診器を当てる感覚が私を励ましているように思えました。

 心音もいいですね。

 先生、私は、これから全盲として・・・。

 いや、原因が分かりませんから、何とも言えません。専門医の所見を聞かないと・・・。うちの看護師が車を手配しますので、看護師と一緒に県立病院に行ってください。そうですね。奥さんもご一緒に。

 ありがとうございました。・・・妻の声が心なし震えていました。

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