ホテルは全室オーシャンビュー。どの部屋からも朝日が拝めるのだ。
何時もは寝坊の私も、対馬では日の出が見たくて早起きをした。
東の空が徐々に赤く色染まるのをドキドキしながら眺めていた。
刻一刻と変化する太陽と海を見つめながら、自分の存在を考えていた。
対馬の原生林や、風景、琴の大銀杏の樹を観た時にも感じた事だったが、
対馬に来たことで自分を見つめ直す機会が与えられた気がする。
どう見つめ直したか?これは秘密だ。少々青臭ので書けないのかも。
何時もは寝坊の私も、対馬では日の出が見たくて早起きをした。
東の空が徐々に赤く色染まるのをドキドキしながら眺めていた。
刻一刻と変化する太陽と海を見つめながら、自分の存在を考えていた。
対馬の原生林や、風景、琴の大銀杏の樹を観た時にも感じた事だったが、
対馬に来たことで自分を見つめ直す機会が与えられた気がする。
どう見つめ直したか?これは秘密だ。少々青臭ので書けないのかも。
だから、山や海はいいですね。
透明な光りを浴びると、ほかのゴタゴタしたことはみ~んな忘れてしまいます。
その一瞬、ふと何か物思うというのは、わかりますねえ。
紅蓮さんはいつも大自然を頂上から眺めるわけですから、また格別でしょうね。
海からの日の出は、旅をした時しか見れないので、感動します。
幼い頃(30~40年前?)毎年夏休みといえば親類とおんぼろな船(!)に乗って壱岐対馬にわたり、何もない海を見つめていたことを思い出しました(北九州出身の私です)。
変わらない風景に感激・・でした。
また、来週よろしくお願いいたします。
早速お尋ね頂き感激です。それに、マ~ァ九州のご出身でしたのね。壱岐対馬のことは、私の知り合いの中でも行った事の無い人ばかりでした。今度お話聞かせてください。
来週お目にかかれるのが楽しみです。
大自然に対する畏敬の念。同感です。都会で生活に追われているときは「どうやって生きようか」なんて悩んでいるのに、大自然の真ん中では「大きな流れの中で生かされている」って謙虚な気持ちになれますね。
プロの写真家の中には、その人の感情や、物の見方、考え方まで写真に反映する場合もあるでしょ。被写体を全く別の芸術まで高めたり。
携帯のカメラで写真撮っているのに、何いってんのって、笑われそう。