Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

忘れもの

2011-06-23 13:03:58 | 
30歳くらいの働きざかりに結核で夭折してしまった八木重吉
という詩人がいる。昭和2年に神奈川の茅ヶ崎で亡くなった人
だ。この詩人については若い頃読んだ筑摩書房版の「現代日本
文学全集」の「現代詩集」の中に納められた彼の詩が心の渇
きを癒してくれて小品の叙情画をみるような思いで、時々読む
ことにしている。病苦のせいで死というものが常に横で控えて
いる為、八木重吉はキリスト教への信仰を反映したような作品
も多い。これ以上は素直になれないというシンプルな詩句を、
誰にでも染み透るような短いフレーズとして彫啄する業が八木
重吉の持ち味でこの辺が難渋なる形式主義の迷路に陥った現代
詩の世界で彼の詩が時を越えて残る理由ではなかろうか?
数ヶ月前に横浜の伊勢佐木町界隈には、昔風の古本屋が何件か
あって冷やかし歩きをしていた。そのとき路地裏で映画の古い
パンフなどをマニアックに売っている古本屋に寄った。
この店の空気は神保町や横浜の古書店とも空気が違う。強いて
いえば下北沢やその隣の池の上、三軒茶屋付近に散見する差異
を志向するレトロモダンな新型古本屋と共通する古書店である。
ここの均一本の棚で見つけたのが、写真の二巻本である。
若い店主の見切りをつけた値段が各100円、ブックオフなら
箱は堅牢でも本文の色焼け、退色具合からして引き取ることも
多分しない書物だろう。八木重吉のオリジナル詩集でもなく、
ただの再版全集だ。しかしこれは収穫だ。早めに目が醒めた時
などの寝床本にはぴったりな言葉の雫(しずく)集である。
しかしこれを帰りに友人の車に置き忘れてしまった。
ちょうど昨晩横浜の海浜部であったトランペットの金井豊さん
のデュオライブがあった。そこへこの忘れものを届けてくれて
ようやく八木重吉の有り難味を味わう朝のひとときを迎える
ことができた。

水や草はいい方方である       八木重吉

はつ夏の
さむいひかげに田圃がある
そのまはりに
ちさい ながれがある
草が 木のそばにはえている
みいんな いいかたがたばかりだ
わたしみたいなものは
顔がなくなるようなきがした


アンガジュマン

2011-06-22 11:17:43 | その他
ホトトギスという鳥はなぜか山里の人家近くが好きなようだ。
今朝も朝の五時ころから例の「特許許可局。。」をしきりに
囀っている。竹薮のほうにでも姿があるのかと思うが、鶯と
同様な地味でケムに撒くような色調のせいか?姿形がみあた
らないことが多い。
疲れていたせいか、寝入りはなが深くて目覚めは早いという
パターンを繰り返している。それにしてもホトトギスの鳴き
色は湿気をたくさん含んだ梅雨空の寂寥感を一層掻き立てる
と思いながら寝床の読書で気を紛らわせる。
本来は星菫派的な資質を一部持っているが、ここ数年は自分
が育った昭和時代の歴史的位置を確認したくて、半藤一利氏
、司馬遼太郎、山本七平、などの著作物を濫読している。
今朝は文春文庫、半藤一利の「ノモンハンの夏」という昭和
10年代のソ・蒙国境をめぐる関東軍の軍事行動記録を読む。
ドイツとイタリアが提携し、そこへ参加すべきか否かという
大戦前夜の日本の空気がよく伝わってきて、メディアの質、
大衆の排外主義、官僚支配層の尊大な無責任体質、今も昔
もそれほど変わっていないことに思い至る。
そういえば村上春樹がノモンハンについて書いた単行本が
あったけど、未読だから捜してみることにする。
寝床の机に切り抜いておいた村上春樹のスペインカタルニア
自治政府の受賞記念講演記事も再読する。
実存哲学が流行った頃のタームで喩えると、今回のアンチ
原子力発言は春樹流アンガジュマン(政治・社会参加)の兆し
だろうか?科学技術は科学技術で乗り越えていくと発言して
一連の「反核異論」でアンチ原発論者も叩いた吉本隆明さん
のお門違いあたりを論破することから、春樹流「非現実的な
夢想家」発言は有効性を増すのではないだろうか?
講演録を読む限り、論旨は正論しかし大江健三郎的な欧州的
教養主義の香りがしてならないと思った。



ほたるぶくろ

2011-06-21 12:02:59 | 自然
 伊勢原近辺の田舎道を歩いていると救われる気持になることが
ある。梅雨まっさかりの野辺道は水滴を存分に吸い込んだ紫陽花
、紫つゆくさ、虫取り草が進む季節の里程を静かに刻んでいる。
亡妻が他界して三年半を経たが、一番の恩義は四苦八苦の資金繰
りを締めるところは敢然と締めたこと、そして草花の名称を持ち
前の和歌的頭脳収蔵庫から物静かに教えてくれたことの恩義が二
番目にくる。
ホタルブクロ、ホトトギス、エビネなどの存在を郊外の団地脇の
自然周遊路の散歩途中に教わったせいか、地味花のもつふくよか
なる可憐の価値を心に仕舞えたのも亡妻のおかげだと思っている。

日向薬師から七沢へ抜けていく曲がりくねった間道沿いは里山の
滋養が季節ごとに溢れている。
木陰の斜面には雑草に紛れて野あざみや蛇イチゴが顔をのぞかせて
いる。昨日もスクーターを走らせていたとき、ホタルブクロの釣鐘形状
が微風にそよいでいるのを見つけた。命の短い花だがいかにも梅雨
時の静謐を象徴する野草である。
土壌のもつ成分によって白っぽいもの、薄いモーブがかったものが
ある。心苦しいが、少しだけ失敬してこの花が好きだった亡妻と
親父の入る仏壇に供えてやることにした。
梅雨の空気はお香を低く滞留させるが、最近の愛用は鳩居堂で販売
している「みづほ」という本来の白檀にローズの香りを調合させた
ものに火をつける。あいにく供える和菓子がないから、あり合わせ
のビスケットを数枚添える。
居間の卓上にあるガラス瓶子にもホタルブクロを挿して、コーヒー
を飲みながら梅雨の静謐をしばし味わう。

味噌屋さんのコーヒー

2011-06-20 09:33:34 | 
好奇心が旺盛な友人の差し入れてくれたレギュラーコーヒー
を毎日ドリップで点てて愛用している。
どこか鎌倉街道沿いにある業務食材店で入手したとのことだ。
今日は10時のオヤツに黒ゴマを散らした餡パンをお供に
飲んでみた。和風コストコっぽい近所のスーパーやいつもの
藤沢名店ビルの地下で買うアウトレットっぽい800グラム
のコーヒー粉よりも飲み口がよい。友人によるとコーヒー
メーカーで点てるよりもポットで手注ぎしたほうが、味に違い
がでるとの評である。
いまは流通も変わったせいかコーヒー豆や粉は戦国乱世時代
になって、いつまでも木村、上島、アートなどの大手も安閑
としていられなくなっているようだ。
一年近く前に心臓の細くなった動脈へステントという金属製の
代理物を埋めた。これが異物反応を起こしてコレステロール
や血栓がくっついてないかを調べる検査が数日前に終わった。
予後の食生活への意識改善が実って検査結果はいまのところ
問題がないとの事でコーヒーも一日3回飲む習慣に戻ること
にした。体調への判定が出て今朝もコーヒーが苦くない。
甘みさえ感じる。どこのメーカーで詰めたのかと、袋の後の
印刷箇所を眺めてみた。コーヒーメーカーの名前ではなく、
京都・山科にある「京醍醐味噌」という味噌製造会社が加工し
たコーヒー粉だ。アフリカのホンジュラス、ベトナム、インド
ネシア等豆の原産地が分裂しているところも面白い。
合理主義が身についている友人が見つけたものだ。400グラ
ムで800円ということはないだろう。
400グラムで600円以内なら、この味が楽しめるように
瓶の残量がなくなる前に頼んでおくつもりだ。

45r.p.mの美

2011-06-19 10:19:19 | その他
一昔前のアナログプレーヤーにはかけるレコードによって
SP/LP/EPなどと回転速度の切り替え機能がついていた。
昔、吉祥寺のメグでオーディオのイベントがあった時に、
現代オーディオと古代オーディオ?(メグ店主寺島氏の造語)
の立場を代表するそれぞれの猛者が、LPの12インチ、10
インチ、EPの7インチではいずれが音質面で勝るのか?という
話題が出た時に口論が発生した。前者は情報容量の進化の必然
でLPとEPに音質上の差がないと言い切った。一方の古代派の方
は容量の便宜性と操作性を追及して78→45→33と数字が
低くなるほど音質は犠牲になったと主張した。LPからCDへと
メディアが変わる80年代にもデジタルとアナログの優位性を
巡る論争も起ってこれは今でも尾を引いている。
しかしアナログレコードの回転スピードで音質差を断定できる
ほど当時の自分はキャリアを積んでいなくどっちの言い分にも
それなりの頷けるものがあった。

その後嗜好の全域でモダニティへの疑問が芽生えてきて、オー
ディオ上の進歩主義やスペックの囚われ人から抜け出す過程で
、新しくはLINNのLP-12、古くはガラードの301、トレーンス
の124といった一時代を築いたアナログプレーヤーに親しむ
経験を積んだお蔭か?ようやくそのときの論争が体得できた気
がしている。やはり78のSPレコード、45のEPレコードは
音の湧出力、鮮度で凡庸なLP盤を凌ぐということを悟った。
倉庫の整理をしている途中の書架から埋没していた当該する45
回転のEPレコードも何枚か現れた。
マイルス・ディビスのフォンタナ盤「死刑台のエレベーター」の
45回転オリジナルEPもある。これなどはジャケ写が虚無を醸す
ジャンヌ・モローの肖像に価値があるのに、どういうわけか紛失
してしまっている。ハンガリアン四重奏団のモーツアルト「弦楽
四重奏曲K421などは懐かしい赤盤(レッドワックス)で箱も油彩
の妙なる筆致が美しい。
EMTプレーヤーの回転調整が済んだら、EPレコードを慈しむような
日が来ることを夢想してジャケットを眺める日曜日だ。