今日の体重:97.1kg(-7.6kg)2006.02.01~減量開始:104.7kg
【たそがれ清兵衛】を語る…
映画「たそがれ清兵衛」…2002年に劇場公開…監督・脚本は山田洋次氏…意外にも時代劇は本作が初めてだという…その年の映画賞を総なめにする大ヒット…
「井口清兵衛:真田広之」,「朋江:宮沢りえ」,「余吾善右衛門:田中泯」…他に「丹波哲郎」,「岸惠子」,「小林念侍」,「大杉漣」,「吹越満」等の豪華キャスト…
原作は「藤沢周平」の短編集3作…「竹光始末」,「祝い人(ほいと)助八」そして「たそがれ清兵衛」である… 「竹光始末」では,余吾善右衛門との果たし合いのシーンを,「祝い人助八」では,朋江(原作では波津)とのラブロマンスが描かれている…
物語のベースになっているのは,映画のタイトルどおり「たそがれ清兵衛」…だが,内容は映画と少し違っていた…原作では清兵衛と病妻の2人暮らし…映画では,妻は労咳で病死しており,清兵衛は惚けた母親と10歳・5歳の娘を抱えた家族4人で貧乏暮らしをしている…
映画での清兵衛は「家族を愛するサラリーマン武士」という感じだ…そもそも,藤沢周平の世界では,このような人物の情を描いた作品が多数ある…
城勤めをする清兵衛は,朝出かけて行き夕方は「終業」を知らせる「太鼓の音」を聴くと真っ先に城を出て家に帰っていた…「たそがれ時」になると真っ先に家路につくことから,同僚達から「たそがれ清兵衛」と陰口をたたかれていた…彼は家族を愛し子供たちが育っていくのを楽しみにしていた…権力欲・出世欲のない地味な男…しかし剣の力は凄かった…
藩命で「余吾善右衛門」との果たし合いの役目を押し付けられ「死にもの狂い」で戦う姿…彼が一番大事に思う家族に対し深い愛情を注ぐ姿…そのような清兵衛の「姿と想い」は,現代人のハートと想い重なるところがあり,映画の大ヒットにつながったのであろう…
原作では庄内地方の方言は一切出てこなかった…映画では庄内弁が取り入れられており,庄内海坂藩の「良さ」が一層引き出されていたことも印象的だ… 映画を見た後の感想で「原作の方が良かった」…と言う声を耳にすることが多い…しかし,映画「たそがれ清兵衛」は,原作の「活字」での描写をさらに「映像」で美しくグレードアップさせた「力作」であると感じる…
~「思い出の名台詞」でふり返る映画のあらすじ~
清兵衛母の名台詞…
「あんたはんは,どごのお身内の人でござんしたがの?」…「あんたの息子でがんす」…と清兵衛はあきれ顔…実兄「井口藤左衛門」(丹波哲郎)へも同じようにたずねると…「みっともね~!奥にひっこんでろ!」と叱られる始末…
清兵衛と朋江の再会
「お忘れでがんしょか。飯沼の妹の朋江でがんす」…清兵衛は美しくなった幼なじみの朋江の姿に驚くばかり…朋江が家に来ると家中が明るくなり,ふたりの娘たちも大喜び…惚けたはずの母だが,朋江のことはちゃんと覚えていた…
清兵衛と飯沼(朋江・兄)が釣をしながら…飯沼が朋江との縁談を清兵衛に持ち掛けた…すると清兵衛は…「朋江さんは飯沼四百石のお嬢さんだで,五十石の平侍の暮らしがどんなにつらいかってことがわがっていねえ」…と断腸の思いで断る…以後朋江はぷっつりと姿を見せなくなった…
藩命で清兵衛が余吾善右衛門と果たし合いに…清兵衛は使いを出して朋江を呼んだ…身なりを整えるため手伝いを頼んだ…勝ったら嫁に来てくれと,朋江に想いを告げる…「思えば,幼ねえころから,あなたを嫁に迎えることは,私の夢でがんした」…しかし,朋江はすでに縁談が決まっていた…待つことは出来ないと告げる朋江…
果たし合いの場で,清兵衛は自分の太刀が竹光だと明かしてしまう…「お主,わしを竹光で斬るつもりか…」と善右衛門…「わたしが津田先生から教えてもらったのは小太刀でがんす…」と清兵衛… 家中を走り回り,転げ回る長い斬り合いの末,清兵衛の小太刀が善右衛門の腹を切り裂いた…清兵衛は藩命を果たした… 清兵衛は腕と足に傷を負って,ふらふらになりながら家にたどり着いた… そこに清兵衛を迎えに家の中から走り出る者がいた…
さあみなさん,たまには「たそがれ殿」を見習って早く帰りましょう…こんな感じに… 「どうだ,すらた(白田)…今日は金曜日だし…たまには一杯つぎあわねが…?」(小林念侍風に) 「わだすは,妻と子供が待っているさげ,金曜日は「たそがれて」家へ帰るでがんす」…「へば,わだすは,これで」…なんちゃって…
【たそがれ清兵衛】を語る…
映画「たそがれ清兵衛」…2002年に劇場公開…監督・脚本は山田洋次氏…意外にも時代劇は本作が初めてだという…その年の映画賞を総なめにする大ヒット…
「井口清兵衛:真田広之」,「朋江:宮沢りえ」,「余吾善右衛門:田中泯」…他に「丹波哲郎」,「岸惠子」,「小林念侍」,「大杉漣」,「吹越満」等の豪華キャスト…
原作は「藤沢周平」の短編集3作…「竹光始末」,「祝い人(ほいと)助八」そして「たそがれ清兵衛」である… 「竹光始末」では,余吾善右衛門との果たし合いのシーンを,「祝い人助八」では,朋江(原作では波津)とのラブロマンスが描かれている…
物語のベースになっているのは,映画のタイトルどおり「たそがれ清兵衛」…だが,内容は映画と少し違っていた…原作では清兵衛と病妻の2人暮らし…映画では,妻は労咳で病死しており,清兵衛は惚けた母親と10歳・5歳の娘を抱えた家族4人で貧乏暮らしをしている…
映画での清兵衛は「家族を愛するサラリーマン武士」という感じだ…そもそも,藤沢周平の世界では,このような人物の情を描いた作品が多数ある…
城勤めをする清兵衛は,朝出かけて行き夕方は「終業」を知らせる「太鼓の音」を聴くと真っ先に城を出て家に帰っていた…「たそがれ時」になると真っ先に家路につくことから,同僚達から「たそがれ清兵衛」と陰口をたたかれていた…彼は家族を愛し子供たちが育っていくのを楽しみにしていた…権力欲・出世欲のない地味な男…しかし剣の力は凄かった…
藩命で「余吾善右衛門」との果たし合いの役目を押し付けられ「死にもの狂い」で戦う姿…彼が一番大事に思う家族に対し深い愛情を注ぐ姿…そのような清兵衛の「姿と想い」は,現代人のハートと想い重なるところがあり,映画の大ヒットにつながったのであろう…
原作では庄内地方の方言は一切出てこなかった…映画では庄内弁が取り入れられており,庄内海坂藩の「良さ」が一層引き出されていたことも印象的だ… 映画を見た後の感想で「原作の方が良かった」…と言う声を耳にすることが多い…しかし,映画「たそがれ清兵衛」は,原作の「活字」での描写をさらに「映像」で美しくグレードアップさせた「力作」であると感じる…
~「思い出の名台詞」でふり返る映画のあらすじ~
清兵衛母の名台詞…
「あんたはんは,どごのお身内の人でござんしたがの?」…「あんたの息子でがんす」…と清兵衛はあきれ顔…実兄「井口藤左衛門」(丹波哲郎)へも同じようにたずねると…「みっともね~!奥にひっこんでろ!」と叱られる始末…
清兵衛と朋江の再会
「お忘れでがんしょか。飯沼の妹の朋江でがんす」…清兵衛は美しくなった幼なじみの朋江の姿に驚くばかり…朋江が家に来ると家中が明るくなり,ふたりの娘たちも大喜び…惚けたはずの母だが,朋江のことはちゃんと覚えていた…
清兵衛と飯沼(朋江・兄)が釣をしながら…飯沼が朋江との縁談を清兵衛に持ち掛けた…すると清兵衛は…「朋江さんは飯沼四百石のお嬢さんだで,五十石の平侍の暮らしがどんなにつらいかってことがわがっていねえ」…と断腸の思いで断る…以後朋江はぷっつりと姿を見せなくなった…
藩命で清兵衛が余吾善右衛門と果たし合いに…清兵衛は使いを出して朋江を呼んだ…身なりを整えるため手伝いを頼んだ…勝ったら嫁に来てくれと,朋江に想いを告げる…「思えば,幼ねえころから,あなたを嫁に迎えることは,私の夢でがんした」…しかし,朋江はすでに縁談が決まっていた…待つことは出来ないと告げる朋江…
果たし合いの場で,清兵衛は自分の太刀が竹光だと明かしてしまう…「お主,わしを竹光で斬るつもりか…」と善右衛門…「わたしが津田先生から教えてもらったのは小太刀でがんす…」と清兵衛… 家中を走り回り,転げ回る長い斬り合いの末,清兵衛の小太刀が善右衛門の腹を切り裂いた…清兵衛は藩命を果たした… 清兵衛は腕と足に傷を負って,ふらふらになりながら家にたどり着いた… そこに清兵衛を迎えに家の中から走り出る者がいた…
さあみなさん,たまには「たそがれ殿」を見習って早く帰りましょう…こんな感じに… 「どうだ,すらた(白田)…今日は金曜日だし…たまには一杯つぎあわねが…?」(小林念侍風に) 「わだすは,妻と子供が待っているさげ,金曜日は「たそがれて」家へ帰るでがんす」…「へば,わだすは,これで」…なんちゃって…