クラブボクシング@ゴールドジム湘南神奈川

普通、湘南辻堂といえばサーフィンなのにボクシングでひたすら汗を流すオッさん達のうだうだ話!

う~ん、勉強になりますなあ

2013年02月14日 | 日記
今日の午後に私の勤務先の親会社のホームページを見ていたら、

法政大学大学院中小企業研究所2012年度の産学連携共同研究プロジェクト「中堅・中小企業の感動商品や感動サービスに関する調査研究」なるものの成果を公開していました。

ふ~ん、そんなことしてるわけね。

と思いつつ、先の投稿でランチタイムのことを書いた私は、この親会社のプロジェクト、


〈顧客に感動を与える商品やサービスがどのようにして生み出されるのか、その仕組みや過程を研究することをめざし企業の事例研究を報告書〉

をふむふむと斜めに読みました。



【研究成果から導いた考察】

■ 顧客に感動商品やサービスを提供している企業は、主に以下のような4つのインパクトを顧客へもたらしている。

1. 顧客が大切にされている実感

(例:顧客の顔、名前や好みを記憶する、きめ細かなサービスの提供)


2. 顧客のニーズへの最適化

(例:個人特性に合わせたサービスのカスタマイズ)

3.価値の優位性

(例:本物・本質を追求した商品・サービスの提供)

4.不測事態への対応

(例:迅速かつ適切なトラブル・緊急時対応)

を挙げた上で、

〈上記のようなインパクトを顧客へ与えることで、感動商品や感動サービスを提供している企業の社員自身も働きがいを実感するという好循環が生まれている。〉

と締めくくってました。

こんな研究するくらいなら、グループの待遇良くしてくれよ。

まともなビジネスしようぜ!とも腹も立ちますが、まあ、これは学問みたいなもんですからね。でも、実践できている企業があるわけですね。

さてさて、どんなもんでしょ?


ランチタイムに思う

2013年02月14日 | 日記
日に日にその丈を縮める赤プリの足元、赤坂見附はエスプラナード通りでは昼はランチ客、夜は酔客で人通りが絶えません。



今日お昼に会社の同僚とそのエスプラナード通りにある「可士和」なる博多水炊きのお店でランチを取った時のこと。



面倒にも靴を脱ぎ、掘り炬燵のテーブルにて各々オーダー。

程なく運ばれた何ら特徴のない各定食を啄ばみながら「そういえばオシボリこないね。」と気付きました。

テーブルには紙ナプキンさえありません。

店員を呼びつけてオシボリをお願いすると、「すみませんでした」の一言もなくオシボリを持ってきました。

オシボリサービスがないことを前提とするその態度、寧ろ迷惑そうなその態度にむかっ腹が立ちましたが、同僚の一人が「ここは経費節減のためにオシボリを出さない店」ではないかと言い出し、確かに隣のテーブルを見ると確かにオシボリはないのです。



そうか!恐らくランチは出さない、夜は出すのでしょうね。

とにかく、今時オシボリを出さない店なんか初めて見た!のです。

別に特段美味しくもない定食に1,000円も払い出てきましたが、何だか損した気分。

ちなみに赤坂見附は店の出入りが激しく新装開店したかと思えば直ぐに倒産の繰返し。

私はこの街で9年働いていますが、この店の場所ももう何店も開いては潰れるの繰返し。



一方でこの街でも美味しく感じの良い店はずっと続いていたりして。

ホスピタリティやコスパに欠ける商売は長続きしないのですね。

どこの世界でも言えることですね。

短い言葉が一番!

2013年02月14日 | 日記
昨日、某証券会社の都内某本店で営業員向けの某セミナーの講師を務めて参りました。

某セミナーは某本店の某会議室に設置されているカメラに向かい話しかけるもので、その映像が全国の支店に配信される仕組みとなっています。

よって技術者がひとりぽつねんと座っているだけ。

私の前には聴衆がおらず、そんなライブ感のない盛り上がりに欠ける設定で、小難しい話を1時間程喋って帰りました。

気の交換と申しますか、やり取りがないのです。

ボクシングに例えると、スパーリングではなく、かと言って対象物のあるサンドバッグでもない、自分がどのように映るかをシャドーのように確認することすら出来ないのです。

気がついたのは対象物がないと、理解度が分かりませんので、話もタラタラと長く散漫になるということです。リズム感も生まれて来ません。

リズム感を掴むにはやはりジャブやショートストレートを繰り出すことなんですが、それができないのです。

やはりシンプルが一番。コミュニケーションもボクシングもです。

ウィンストンチャーチル曰く

短い言葉が一番だ。尚且つ、昔の言葉なら全く申し分ない。