いつかあの青空の心に

少年のころ見上げた、あの青い空。澄み切ったあの空のような心になりたいと願った。その心に近づいているのだろうか・・・

軽い言葉

2005年01月11日 | 考える
自分の言葉の多くは思考から
生み出されていると思う。

残念ながらというか、幸せなことにというか、
生まれながらに不幸な生い立ちでもなければ
大病もないし、身体的に不幸でもでなかった。

それゆえに自分の言葉が軽いなと、思うことがある。

本当の言葉、言霊はぎりぎりの経験から生み出されるのではないか。
人生の底の底から這い上がった人には、
普通の人とは違う何かしらの輝きがあるのではないのか
と思う。

残念なことに自分は平凡な生い立ちと人生で
なにかしらのぎりぎりの体験というものはない。

何か大きな不幸を積極的に招こうとは思わないが、
自分の言葉、考えに何かしらの重みを感じないこともある。

成長したいと思うけれども、
成長するのは体重ばかり(涙

果たされない「いつか」

2005年01月10日 | 考える

「いつか」これが必要になるだろう。

そんな気持ちで取って置いた本、資料、紙切れ。

いつまでたってもそんな「いつか」はまずこない。

おっとっと。

このブログのタイトルにも「いつか」が入ってる。

「いつか」は姿勢の問題。

いつかは永遠に来ないとしても、
それに一歩ずつ近づいていく。

DQ8

2005年01月09日 | 考える
DQ8プレイ中です。
きっとこれが、自分にとって最後のゲームになるだろう。

確かによいできだし、面白い。

だけど、もういいや感がどうしてもぬぐえない。
子供のころ胸を躍らせたTVゲームの世界はもう、ない。

きっと自分が変わってしまったのだろう。
限られた世界での限られた能力。
主人公のレベルがいくら上がっても、自分の能力が上がるわけではない。

今は架空の世界での冒険を楽しむよりは、
現実世界での生活を楽しむほうが先だと思っている。

TVゲームの先には人はいない。
その先に「人がいる何か」を探して行きたい。
ネットゲームではなく。

なんでも新しいほうがよい

2005年01月08日 | 考える
アパートの風呂の換気扇が調子悪い。
風呂に入った後、しばらくすると、
換気扇に溜まった水分なのかなんなのか、
まっくろーい液がぽたーり、ぽたーり。

管理会社に電話した。
すぐに交換品を持って40~50歳位のおじさん2人が来た。
換気扇を交換するところを興味本位で覗いていた。

少し話すと、
「長い間使っていると、ガタがくるね」
「何でも新しいほうがいいよ」
などと、言う。

古い換気扇は金属製の真っ黒なもの。
新しい換気扇は新品のプラスチックのもの。

何でも新しいほうがいいというおじさんは
自分のことを言っているようでなんだか、
すこし、かなしくなった。

身を守る

2005年01月07日 | 考える
本音を言わないことは、
卑怯な態度でもあり、やさしい態度でもあり、
身を守ることのような気がする。

自分自身の意見をはっきり言うということは
ばくちに近い。
なぜなら、それが相手に受け入れられればよいのだが、
相手と正反対の意見だった場合は、これまで曖昧だった
両者の溝が、よりいっそう明確になる。
言われた相手が、自分自身に自信があり、
他の人の意見に影響されない場合は特に問題とならないが、
言われた相手が、否定しようとした場合には
争いの元となる。

確かに正しいことは正しいし、
厳密に突き詰めると真実かそうでないか、
うそかほんとかという色分けは出来るけれども、
対人関係においてそれをはっきりさせたところで
恨みを買うだけで、なんにもなりはしないものだ。

「味方が多い」ということではなく、「敵を作らない」ということ
のほうが大事なのかもしれない。

人が人を嫌うとき

2005年01月06日 | 考える
その人を嫌いになるときは、
1.自分も持っている自分自身の嫌いな部分を他の人に見るとき。
2.自分がそうなりたい姿に人がなっているとき。

自分が幸せであれば幸せであるほど、
謙虚に行かなければやっかみから人に嫌われる。

だめな部分があればあるほど謙虚に行かなければやっぱり嫌われる。

うーん、難しいものだ。

ゴールのない道を

2005年01月05日 | 考える
世界を把握しようとしていた10代
自分を掴もうとした20代

どの年代を思い出しても、
なんらかの、問題、苦悩はある。

いつまでたっても悩みは尽きない。
だけど、逆に考えれば
永遠の向上の道が広がっているとも言える。

ときどき、その道の果てしなさに
言葉を失い、勇気を失い、力を失ったとしても。

大空を行くあの鳥にも、飛べない雛の時代はあったのだと
つぶやいて。

ほしいもの

2005年01月04日 | 考える
ボーナスをもらったときから考えている。
自分がほしいものは何か、と。

最近は何を見てもなんだか
購入意欲がわかなくて。

かつては車にお金をぶっこんだり、
PCのパワーアップに使ったり、
テニスキャンプに明け暮れたり。
TVゲームのソフトを買いまくったり、
音楽CDを買ったり。

カウンセラーの養成講座も終了したので、
また何か次の目標を探さないとなぁ。

お金の使い道が、
有形のものから無形のものへと変わってきているような気がする。

行雲流水、流れてゆく姿、変わっていくことが
生きるということなのだろうけど、
ときどき、変化についていけなくて。

ほしいものを考えていたけど、
きっと本当にほしいものはどこにもない。
そんな気もするし、
ほしいものは自分の人生すべてをかけられるくらいの目標なのかも。

ワガママがとまらない

2005年01月03日 | 考える
自分ってつくづくわがままだなぁ
と、思う。

何かやりたいことがあれば、かなりの無理をしてでも
行うが、興味のないことには本当にどうでもよいという態度を取り、
取り繕うこともない。

一人でいる期間が長いせいなのかとも思う。

一人でいると誰にも歩調を合わせる必要がなく、
我慢を強いられることもない。
食べたいときに食べて、寝たいときに寝る。

うーん、このままではいけない感じである。
自分の中にもルールを作り、それに従わなければいけないような気がする。
自由とは規範を守る中にこそあるのだと、
最近は思う。

すべてのものから自由になりたいと思うけれども、すべてフリーになったら
不自由になるという逆説。

私のどこが好き?

2005年01月02日 | 考える
男性諸君が一度は聞かれたであろう、
返答に困る問い。

「私のどこが好き?」

なんていうか、そんなことはっきり言えるわけがない。
っていうか、言うことさえ照れくさいというのに。

「やさしいところ」
「一緒にいて安心できるところ」
「etc,etc」

何言っても決め手にはならない。
部分部分の長所ではその相手を越える人というのは
いるものだ。

人を好きになることはその人全体を好きになることであって、
「~するから、~の部分」などとは規定できないものだ。

まぁ、この問いは言葉遊びみたいなものだろう。

正月から、何語ってんだ俺は。
もう寝よう。