https://news.yahoo.co.jp/articles/c534629311f831ca207b841f7b6a55d7af6ce988
頭頸部がんとは、脳の下から鎖骨の上までの範囲にできたがん(脊髄と眼を除く)の総称だ。そのひとつである「咽頭(いんとう)がん」は、がんができる場所と進行期により治療方針が異なる。咽頭がん治療の最新動向を専門医に聞いた。
* * * 「咽頭」とは、鼻の奥から食道までの、空気や飲食物の通り道となる部分。嚥下(のみ込むこと)や発声、構音(言葉として発音すること)など、生きる上で重要な機能を担う部分であり、がんの治療により、それらの機能が損なわれる可能性がある。北里大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授の山下拓医師はこう話す。 「治療選択には、生存率や治癒率に加え、いかに機能が温存され、治療後のQOL(生活の質)が保たれるかという指標が重要になります」 頭頸部がんの約4割を占める咽頭がんは、がんができる部位により「上咽頭がん」「中咽頭がん」「下咽頭がん」に分かれ、それぞれで治療方針が異なる。上咽頭がんは、脳に近く手術が難しい部位であること、放射線や化学療法の効果が得られやすいことから、放射線治療もしくは化学療法と放射線の併用療法(化学放射線治療)をおこなう。 中咽頭がんと下咽頭がんでは、手術と化学放射線治療はほぼ同等の治療成績とされている。中咽頭がんでは、がんの部位や大きさ、広がり具合、転移の状態などと機能温存、患者の希望などを考慮した上で、手術か化学放射線治療かを選択する。 ただし、中咽頭がんの治療方針は、将来変わる可能性があるという。一般的に、咽頭がんは飲酒や喫煙がリスク因子といわれるが、中咽頭がんにはウイルスが原因で起こるものもある。ヒトパピローマウイルス(HPV)という、子宮頸がんの原因などとしても知られるウイルスが、中咽頭がんの発症にも関与していることがわかっている。 「HPVによる中咽頭がんは比較的若年者に多く、放射線や化学療法が効きやすく予後が良好であることがわかっています。そのため、HPVによる中咽頭がんでは、治療の強度を落として機能温存を図るための研究が進められています。将来的には、放射線量の低減や、使用する抗がん剤の変更、手術方法の変更など、より程度の軽い治療へと標準治療が変わる可能性が考えられます」(山下医師)
下咽頭がんは、初期は手術(部分切除)や化学放射線治療で根治を目指す。進行がんでは手術が主となるが、がんが大きい場合は咽頭だけでなく喉頭も摘出する。喉頭とは、気管と食道の分かれ道にある「のどぼとけ」の部分で、声帯がある。 ■経口的手術により機能温存も可能に 「下咽頭は喉頭と背中合わせの位置にあるため、がんの位置や大きさによっては下咽頭に加え喉頭も切除します。喉頭を摘出すると声を失うことになるため、治療方針については治療後の発声機能も含め十分に相談することが必要です」(同) 喉頭を温存するために放射線治療を検討することもある。国立がん研究センター中央病院放射線治療科の村上直也医師はこう話す。 「喉頭摘出を希望しない場合は、喉頭を温存して声を残すために化学放射線治療、あるいは導入化学療法として薬物療法をした後に化学放射線治療を選択することもありますが、がんの大きさや進行の度合いによっては難しいこともあります」 手術においては、外側からのどを切開するのではなく、口から器具を挿入して手術をおこなう「経口的手術」が最新治療として普及しつつある。 「初期の中咽頭がんと下咽頭がんでは、経口的手術が選択されることが多くなっています。経口的手術では気管切開が不要なことも多く、術後も嚥下などの機能を維持しやすいメリットがあります。また、頭頸部がん領域でもロボット手術がおこなえるようになり、日本頭頸部癌学会による基準を満たす病院で臨床研究として実施されています」(山下医師) 放射線治療の技術も進歩しており、がんだけに集中して放射線を照射することで正常組織への影響が少ない「強度変調放射線治療(IMRT)」が標準治療となっている。この方法は、さまざまな方向から照射する線量をコンピューターで制御することで、複雑な形状のがんでも必要な部分に適切な量の放射線を照射することができる。 「放射線治療の利点は、機能温存を図れることです。一方で、嚥下機能の低下や味覚障害、唾液腺障害などの副作用が生じる可能性もあります」(村上医師)
■機能を再建する手術やリハビリも 咀嚼や嚥下などの機能が損なわれる場合は、からだのほかの部分から皮膚や筋肉、骨などを移植する「再建手術」をおこなう。 「多くの場合、がんの切除手術と再建手術は同時におこないます。がんの切除によりどの程度機能が損なわれるか予測し、再建も併せて治療計画を立てます。例えば嚥下機能の場合、単に皮膚や筋肉などを移植し形だけ作り直すのではなく、ちゃんとのみ込む機能が回復するように作り直します。そのための方法は数多くあります」(山下医師) 術後は、嚥下訓練や発声訓練など、機能回復のためのリハビリテーションもおこなわれ、治療においては多科・多職種の連携が必要となる。 「最善の治療法を選択するためには、手術と放射線治療の治療実績がある病院であること、多科・多職種で連携して治療方針を決定していることが望ましく、少なくとも頭頸部外科と放射線治療科が協同していることが重要です。また、経口的手術をおこなう病院は増えつつありますが、まだどの病院でもできるものではないため、初期がんの場合は実施できる病院かも確認しましょう」(同)
<取材した医師> 北里大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授 山下 拓医師 国立がん研究センター中央病院放射線治療科 村上直也医師