散歩者goo 

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昨日記20220108 土(マスコミの中立性の本質)追

2022年02月12日 21時30分29秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
午後は、FBやツイッターを見て過ごした。
夜になってラインで、政党とマスコミへの資金提供問題について長時間いろいろやり取りした。

大学関係者と思われる人は、何かマスコミの中立性に関して固定した軸があることを前提にして論理を組み立てていて、マスコミの中立性を侵すので、資金提供はよくないという。
しかしマスコミの中立性というのは、私は世論で決まると思っている。
すなわち、世論の中心軸を基準に、右寄りや左寄りが決まっていると思ている。
例えば各国の世論の中心軸は日本とかなり違うはずである。
他国から見れば日本の世論の中心軸は、ある国から見れば左だろうし、別の国から見れば右寄りだろう。
日本でも6-70年前は、自衛隊の存在すら認めない空気があった。
60年安保のころの日本の世論は安保反対だったし、大規模な国会前のデモが繰り広げられ国会前は大勢の群衆で埋め尽くされ、革命前夜を思わせる風景があった。
現在は、ほとんどの国民が、自衛隊の存在を当然のこととしている。
世論は、地域や伝統や民族性や宗教や時代で大きく変化するのだ。
世論が変化すれば、世論の中心軸は違うだろう。
マスコミの中立性を議論する場合、こうした観点を抜きに考えられないはずである。
なぜなら、マスコミ自体、世論と関連し動いているからである。
世間の人が全く無関心で重要と思っていないことは、マスコミは本質的に取り上げない。
マスコミは、世間とともにあるのだ。
むろん世間の人が気づかないことでも、世間の人にとって重要なことだとその価値を認識し報道すれば、それがマスコミのスクープになるのだ。
マスコミも、そうした世論の変化に順応しながらの、中立性を探っていると考えている。
そもそも政治政策は人間が決めることでどれが正しいということはないのだ。
ただ、人類が血と汗と多大な犠牲を払って築き上げた、自由・平等・基本的人権・平和主義・主権在民=民主主義といった基本的価値観は多くの民主主義国で共有され守られていて、世論が変わっても、民主主義国のマスコミの基本理念になっていることは間違いないであろう。

資金提供のことについては、マスコミがスポンサーをとるのも資金提供であり、マスコミに各種出版物や宗教団体の広告を出すこともある。
そういう意味で政党がマスコミに広告を出すことは当然だろう。
ただし、選挙活動や国民投票に関しては、法的規制が必要だろう。
今回問題になったのは、広告ではなく活動費として出費したことが問題となっていて、広告と違って色がついているので活動に影響を与えるという論拠だ。

そもそも、SNSやネット媒体が、どこまでマスコミとして機能するのだろうか。
そうした媒体がマスコミにあたるのかどうか、どの範囲をマスコミというのか。
例えば、リベラルナ言論人や右寄りの言論人が、報道評論媒体を作っても、そういった層の機関紙的存在や同人誌的存在であり、それが公的なマスコミといえるか構造的に見た場合、疑わしい。
過去にそういった雑誌は多く存在している。
また、各評論家自身は自分は中立と思っていても、他者から見ると違うことは多い。
何をもって中立とするか疑問があるし、中立性というのはファジーなもので同時に相対的でもあるが、強いて客観的にするとすれば、統計的に見て中央値に近いということになるのだろう。
そういった観点からみれば、中立性には当然のことながら、中道リベラルから中道保守まで幅があるのだろうと予想しているが、定義づけることは困難だ。
前にも述べたように、言論は科学と違い価値観も絡み、ある価値観の枠組みの論理で正しいということはあるが、客観的にどれが中立で正しいということは困難である。
だからこそ、言論の自由があり、価値観の違いを克服するための、装置としての政治が存在すると考える。
原理主義の価値観を戦わせれば、争いや戦争になるが、それを回避するための妥協や昇華した考えを生み出すのが政治の役割である。
マスコミについては、どこまでが公的なマスコミなのか、その本質を議論する必要があると考えている。

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昨日記20220107 金()

2022年02月12日 20時57分04秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
朝から昼過ぎまで、政党組織のことや活動の本質や原因を考えていた。
大阪では威信が絶対的に強く、野党は全く無力であり、公明党は威信と親しく、自民党は野党よりはましであるが威信には歯がったない・
そうした原因をいろいろネットで調べたり考えたりしたが、結論は出なかった。
ただ橋下氏はじめ、維新と大阪のTVとの親密さ即ち露出の多さは、誰もが認めるところだ。
夕方から深夜にかけて、副食作りに追われた。
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昨日記20220106 木()

2022年02月12日 20時46分30秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
大阪でオミクロン株の感染者が500人を超えた。
前日の倍である。
日本の感染爆発の予兆に見えるとともに、以前から言われていた感染力の強さを実感した。
同時に下手に外出して、感染したくないとも思った。

午後からジムに行き、コアトレーニングとヒートエクササイズのレッスンを受けた。
レッスンは十数人限定で行い換気を行い、距離は十分とって行わえていて、問題はない。
夜になって再びアウトルックの認証問題の解決を試みたが、できないことがわかり日常のPCの使用に全く影響しないので、無駄と思い中止した。

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昨日記20220105 水()

2022年02月12日 20時34分16秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
欧米でオミクロン株の感染が急拡大していることが報道されていた。
午後、アウトルック関係で認証ができていないとの知らせがあったので、いろいろ確認を行った。
アウトルックメールはそもそも使っていない。
夜まで昼食も抜きで取り組んだが解決しなかった。
どうやらマイクロソフトの方針は、オフィス365を使えばすべて解決するということらしい。
毎年1万円余り支払ってオフィス365を使えということだ。
以前にも書いたように、私は無料でオフィスのクラウドを利用している。
というのはタブレットやスマホと情報共有したいからだ。
ワードに関してはスマホとPCでクラウドのワンドライブを使って共有しているが、タブレットで使っているノートは、PCと共有できていない。
しかし、オフィス365を使えばそのあたりの問題も解消するのだが、当分出費のかさむオフィス365を導入するつもりはない。
アウトルックメールが使えないのも、この問題に関係しているのだ。
PCとスマホやタブレットとの共有問題は、グーグルドライブを使って解消している。
夜は、冷凍ご飯の制作や、副食作りに追われた。
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昨日記20220104 火(オミクロン株流行の始まりと2月12日の現状 昨日記は宝物 弥生の始まり)

2022年02月12日 18時09分07秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
このころ、オミクロン株の流行が拡大し始めたことが報道された。
この時点では、我々は、オミクロン株が重症化しにくいという点を強調されて、まさか社会の機能に影響する事態になるとは、だれも思っていなかった。
しかし今(2/12)から振り返れば、これほど感染力が強く、高齢者やワクチン未接種者が重症化するとは、だれも思っていなかった。
海外の論調や我が国でも一部の人は、オミクロン株がデルタ株に置き換わり、インフルエンザのような形で収束すれば、最もいいパンデミックの収束のシナリオだという人もいた。

しかし2月12日の現状は、毎日10万人弱の感染者が出て、医療体制は逼迫し、高齢者を中心に重傷者や死亡者も、第5波のデルタ株を上回り、乳幼児や子供と家庭内感染が広がり、学校や保育園の閉鎖のため、保護者が休業しなければならず、同時に成人の感染の増加のため、感染者や濃厚接触者が急増し、業務に影響し始めているのだ。
さらに感染者の急増のため、病床が一杯になり、軽症者や酸素吸入不要の中等症1程度の人は自宅療養にし、医師の診療もPCR検査なしでもみなし診断を可能にした。
PCR検査の結果は数日待ちになり、保健所への連絡もつながらず、感染が判明しても保健所からの連絡は数日後という状態で、第5波と似た状況になっている。
一般の救急は、コロナによる医療逼迫のため、緊急性のある救急(心筋梗塞・脳梗塞)の受け入れ先がなかなか見つからず、数時間車内で待機ということが普通になっていると報道されている。
2月の現状は、いつ緊急事態宣言が出されてもおかしくない切迫した状況であるが、東京は、ここ4日間感染者が減少していて、頭打ち感が指摘されている。
今では、デルタ株の時と違い飲み薬等の効果的な治療薬(ファイザーの飲み薬も昨日特例承認され、塩野義の飲み薬も近日中に特別承認される方向という。)もあり、3度目のワクチン接種も出遅れてはいるが、今は強力に推進され、もう少したてば収束に向かうだろうが、ここ1-2週間は医療逼迫による混乱が続き、社会は混乱するのだろう。

さて、この日は朝からプチ断食に入った。
午前中、洗濯機の排水時に、玄関前の溝があふれて水浸しになったまま、水が引かないので、玄関周りの溝を掃除した。
玄関横=炊事場の前には植木罰が大量に置かれていて、植木の土ろ表のごみが溝に流れ溝を埋めているらしい。
これらをきれいにするには、一旦植木鉢を移動しなければならず、大変な作業になるのでやめた。
午後から遅れている昨日記をまとめて書いた。
今日のように丁寧に書いていては、前に進まないので、特別に記載する内容のない日は、数行にとどめて、昨日記の処理を優先した。
私にとって細かな一日の出来事は、予定日報表を見れば、数課月前のことでも凡そのことを思い出す。
この昨日記も予定日報表を見ながら書いているのだ。

ただ詳細はやはり文章にしていないと思い出さない。
というのは、私はよく古い昨日記をよく見る。
一日見ていても飽きない。
何年も前のことになると、予定日報表を見ても、印象に残っていなければあまり思い出さない。
しかし昨日記を読むと鮮明に思い出す。
私にとって、昨日記は貴重な宝物でもあり財産である。

夜になって、近くのファストフードに行き、プチ断食明けコーヒーとハンバーグを楽しみながら、弥生博物館の近畿の弥生時代の始まりについてのカタログの中の専門家の最新研究の論文を読んだ。
非常に興味深かった。
すでに、以前から言われているが、縄文時代から弥生時代への変革は地域で時期が違い、しかも地域内でも弥生文化と縄文文化が共存していた時期があるらしいことが書かれていた。
また縄文時代や弥生時代とも、我々の想像以上に広い範囲で交流があったことが分かっている。
例えば、韓国中部の松菊里遺跡の人たちが、直接四国の高知に来て弥生集落(田村遺跡)を営んでいた可能性があるという。
さらに、高知の仁淀川近くの居徳遺跡は東北や北陸の晩期縄文文化の影響を受けていて、遺物の状況から強い関りがあったようで、非常に興味深い。

弥生時代は、考古学的には、紀元前千年前後に北九州の板付飛行場・遠賀川周辺の板付遺跡(弥生時代末期の奴国に近い)や弥生時代末期の伊都国のあった糸島市周辺に韓半島からの渡来人が入り、水田稲作を始めたことが弥生時代の始まりとされている。(弥生時代開始時期については国立歴史民俗博物館が、最新の科学技術を駆使し2000年頃からに研究成果を発表し、2011年には歴博の弥生時代年代決定批判に反論する本「新 弥生時代」も出されていて、弥生時代の開始時期は定着しつつあるようだ。)


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