神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.77 富士川下り 

2024-02-11 23:39:42 | 勝記日記

      静かな朴

 神足勝記が山梨へ入るのにたどった経路は、
 埼玉県の秩父を抜けて雁坂峠から1回(これはまだ紹介してません)、
 東京の奥多摩・丹波山を抜けて柳沢峠から1回、
 東京・八王子から小仏峠を越えて1回、
 御殿場から篭坂峠を越え、精進湖から女坂を上がって1回、
     同       山中湖から御坂峠を越えて1回、
 などです。

 では、山梨県から出るにはどういう経路をたどったでしょうか。
 御坂峠を越えて1回、
 長野県へ抜けて群馬県方向へ巡回が2回、
 富士川を川舟で下って静岡へ出る経路が2回
 です。
 
 このうち、長野県への経路は後日のこととして、きょうは富士川を下る経路について、石橋湛山『湛山回想』(岩波文庫)から少し紹介します。

    (ロシア語版です。日本語版は図書館ででも見てください)
      左は裏表紙            右は表表紙

 まず、中央線が開通する明治36年まで、山梨県は交通が不便で、東京や静岡に出るには小仏峠越え、御坂峠越え、富士川下りのほかに方法がなく、そのうち、陸路では、馬とか馬車とかがあったが、料金が高くて、これを利用する人は普通にはなかったといっています。
 『御料局測量課長 神足勝記日記 ―林野地籍の礎を築く―』日本林業調査会(J-FIC)の183ページに、明治31年12月に右左口峠を越えて大藤村へ行くときに勝沼まで馬車に乗ったことが書かれていましたが、まだ一般的ではなかったわけです。

 そして、富士川下りが、「東京または東海道方面に出るには一番便利の通路であった」とつぎのように述べています。ちょっと長くなります。
 「・・・鰍沢・・・から朝5時ごろ舟に乗ると、正午には岩淵〔静岡県〕に着く。そうす
 ればその日のうちに楽に東京に行ける・・・。他の陸路は、途中で、どうしても一晩宿
 屋に泊まらなければならず、しかも容易ならざる山道があった。」
 
 「もっとも、富士川が便利だったというのは下る折だけで、・・・山梨へはいる場合
 は・・・皆陸路によらざるを得なかった。」

 「富士川は、片道だけでも・・・便利な通路だったから多くの人がこれを利用した。し
 かし、・・・重大な欠陥があった。それは、しばしば、舟が途中で難破し旅客の生命を
 脅かしたことである。」

 「私も、何度かこの舟のやっかいになったが、乗っていて、実際生きた心地がなか
 った。岩淵に上陸して、まあ助かった。重ねて、もう乗るまいといつも思ったこと
 であった。にもかかわらず、また東京へ出るときには、わらじ掛けで歩く気にもな
 れず、びくびくしながら、この船に乗らざるを得なかった。」
 
 どうですか、ようすがよくわかりますねえ。じつは湛山がこの一文を書いた理由は別にあったようですが、そこは、いずれ読んで確かめてみてください。
 
 それでは、神足の2回はどうでしょうか。
 まず、第1回は明治28年11月6日(上記『神足日記』132ページ)です。
 「午前4時半、鰍沢駅発。富士川定期船に乗す。水量平常より増し、舟行甚疾く、
 10時半岩淵に着。停車場前茶店に休、午食。11時30分発西行汽車に乗し、・・・
 4時40分岡崎に着。・・・鰍沢より岩淵迄舟路18里と云ふ。」
 
 湛山のような感想を書いていませんが、「舟行甚疾く」は、今で言うと、ジェットコースターに乗った時の感想にでも当るのでしょうか?
 ともかく、仮に御坂峠越えで歩いたなら、御殿場まで行けるくらいでしょうから、1日は浮いたことになります。

 それでは、第2回はどうでしょうか。明治31年12月9日(上記『日記』183ページ)です。
 「午前5時、鰍沢発。岩淵行の時間船に乗す。舟行疾急矢の如く、18里の行程を
 僅々6時間に馳せ、11時岩淵に着。・・・1時6分発の汽車にて静岡に至り、・・・
 業務上の協議を遂け、5時10分発の急行列車に乗し、11時、新橋に着す。」

 今度も同じ様子で「舟行疾急矢の如く」です。湛山とは違って、また次があるかどうかわからないわけですから、一回限りの旅船旅を楽しんだということでしょうか?この件、あと何年かして神足に無事会えたら、感想を聴いてみたいと思います。

 それにしても、静岡へ行って用を足して、即日帰宅できたことが記されています。
 舟に6時間、汽車に6時間以上です。神足はひとたび巡回や視察に出ると、こういうことは普通です。しかも何日にも渡ってということが普通です。そういうところをぜひ味わっていただきたいと思います。
 

  大多喜(千葉県)付近の峠で
 


 
コメント
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