しゃちくんは野良猫ブログ

30年以上前になりますが自分探しのためにバイクで日本一周。
そして今、会社を畳んで田舎暮らしの準備中です。

日本語の美しさ

2013-05-17 00:10:20 | 日記
日曜日の伯父の法事で行ったお寺のお土産

煎餅の包み紙に書いてあった言葉です。


恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり

袋の裏側には 人しれずこそ思ひそめしか 

第四十一番 壬生忠見


いまこむと いひしばかりに 長月の

袋の裏側には ありあけの月を待ちいでつるかな

第二十一番 素性法師


なんでしょう?

百人一首の作者と代表作なのでしょうか?

勉強不足の私には正しく意味を理解できませぬが

五七五の限られた文字数に想いを込める

日本語の美しさがそこにあるような気がします。


母が生まれ育った江戸川区東瑞江から江戸川3丁目付近は

お寺が多く曲がりくねった古い道が残った「鎌田」と呼ばれた地区。

十三回忌を迎える伯父の夜間高校の先生だった住職は100歳位か?

背筋がピンとして親子三代で寺を守っている。

従妹の2歳になるゆってぃーが読経の時に退屈しちゃって

御輪に合わせて「カーン!」と言うから親戚一同背中が笑っていて(笑)


その昔、親鸞聖人が立ち寄ったことからこの一帯のお寺の多くは

浄土真宗が宗派みたいです。

浄土宗の若くて優秀な僧侶だった親鸞はある女性を救うために

当時では禁じられていた妻をめとる事になり迫害された。

各地を転々と流浪し妻帯した坊主として後ろ指を差されつつも

それまでの仏教を貴族や上級武士だけのものから

貧しい農民にも広めたりして一般庶民に受け入れられてゆく。

南無阿弥陀仏と唱えれば例え罪を犯した者でさえ救われるのである。


20代の頃読んだ「親鸞」は人間味あふれる人柄に

それまで抱いていた宗教家のイメージを大きく変えてくれました。

親鸞聖人と言えども一人の人間であり一人の男性でもあったから

様々な欲に惑わされたり、さんざん悩み抜いて成長したのですね。

なにかと偶像化されて遠い存在になってしまう聖人の中では

一番、庶民的だったのかも知れません。


タイトルから大きく脱線した内容になってしまい失礼しました(-_-;)



コメント
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