従来、哲学の分野では、真善美の三大徳が説かれているが、創価学会では利善美と説いている。故初代会長牧口常三郎の時からの遺訓だ。
池田大作氏は、数々の著作を書いてきたと豪語するが、人間革命、新人間革命、共にゴーストライターの手による代作書物である。
池田がピアノを演奏する?それは自動演奏のピアノが奏でるニセの演奏であった。
少しは池田センセーも自慢になる、いい所があるのでは、と私も思い、センセーの最後の頼みの綱の、あのいたいけな、微笑ましいとさえ思っていた数々の写真群。「池田大作写真展」などと大々的に取り上げられ、私も数合わせのために写真展に行きましたよ。写真に罪はないが、感動もした。
あの写真も、実は、池田氏はカメラのファインダーを見ない。手をかざして、心で写真を撮るから、あれだけの感動的な写真をお撮りになる、などと何度も聞かされてきたが、本当は池田の後ろに本物のフォトグラファーがいて、その人が実際は写真を撮っていたという。
実に呆れる。雪だるま式に、池田の周りに、一心に尊敬を集めさせるために、学位記だ、勲章だ、教授資格授与だ、何だかんだと言っても、それすら自分たちの汚い金でかき集めてきた、薄汚れた名誉だらけじゃないか。
創価学会では、自分たちは、真実よりも利得を重んじる、と言いつつ、実の所は、その真実を一番に恐れているのは、何よりも創価学会自身である。
その証拠に、いまだに創価内では、インターネットの、アンチ創価、反創価のページに触れ読むことを禁じられ、各種、新潮、文春等々の雑誌類も、「悪書」として読まない。当然、反創価ネット動画も同然である。
そこには、創価学会員が離反しかねない、創価にとっては悪の、実は世間や日蓮正宗の正当な目から見れば、「真実」の活字、映像が躍っている。
自身の、拠って来たる不都合で最初から学術的にも間違っていた、「利善美」などと初代会長自身が間違いの根源であった事を、可哀想にも忠実に守り続ける哀れな存在が創価の「真実」である。
彼らは、過去に創価自身が起こした事件、言論出版妨害事件、選挙時の替え玉投票事件、共産党・宮本委員長宅電話盗聴事件、池田のスキャンダルをもみ消そうとした「月刊ペン」事件、一億七千万円入り金庫投棄事件、ルノワール絵画取り引き疑惑、墓地造成にかかわる脱税事件、株売買による損失補填問題、と枚挙にいとまがない。
人々を正しく導くべき宗教団体が、数々の社会問題を起こしている事自体、創価が、決して健全な団体ではない事を如実に物語る。
かような新興宗教団体は、あるだけで諸悪の根源である。それは顕正会、正信会等の異流義にも言える。これらの根絶のために、何とか宗教法人法改正などの、宗教界に命のメスを入れる事も辞さない、今の創価公明連立政権では成し遂げられない政界の浄化、日本の洗濯、御一新が何よりも必要である。
以上。よしなに。wainai