Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ。

年末の雑感

2018年12月30日 17時27分59秒 | 人生訓・人生論・人の生き様・年末年始賀正・正月祝・祝誕生日・記念日・祝祭日旗日
 ヘルパーさんと創価学会について話していて、創価学会と日蓮正宗は互いに歩み寄り、和解することはないのか?と問われたが、あいまいに答えてしまった。
 というより、はっきり言ったのは、日蓮正宗の首脳も、創価学会を許すことはあり得ない、と述べていることは答えた。
 私も、自身が創価時代、日蓮正宗との和合をひとえに願ったが、これは、何年、何十年経ってもそんなことはあり得ない、時間がただ経っていくだけ、時間の無駄、と次第に気付いた。
 いつか立派な猊下が現れて、創価と宗門が和解する、との夢をいだく学会員もいると聞くが、今の創価では、溝が深まり、百年経ってもあり得ない。
 だから、事の戒壇の大御本尊を生きている内に拝したければ、創価学会を辞め、日蓮正宗に帰依することを勧める。時間は無常で、過ぎた時は取り返しが利かないから。

 話は変わる。今年は暖冬らしいが、その割には寒い年末だ。暖冬でも、気圧の谷や寒気は入って来るので、年がら年中あったかい訳でもないらしい。
 日本は四季が鮮明で、メリハリがあるが、一年の大半を占める冬には悩む。サバンナのように、雨季と乾季の、二つ位に分かれるとか、常夏は暑いかも知れないから、常春位の季節の国に憧れる。そんな国は、どこにあるのか知らぬが、余り平穏すぎると、ボケてしまわないかも心配だが。
 
 今年もいよいよ押し迫って来た。今年をねぎらい、来年へ向けて飛翔を誓い願いたい。今年も、皆様ありがとうございました。

創価の非を悟り知って、寸心を改める事の重要性

2018年12月26日 20時48分05秒 | 邪教創価学会・邪政治団体公明党・邪顕正会・邪正信会、の邪義を構える異流義共
 創価学会は、喜んで宗門から逃れ、敵意をむき出しにしたのも全て計算の内、北条文書等々で予告されていた事を実行に移しただけだった。
 C作戦なるものも元から無く、創価の自作自演。池田会長の謗法スピーチに端を発した創価の暴走により、宗門との僧俗和合・協調路線から去っていった。
 創価が独立して、最も喜ぶのは池田・幹部達のみ。今まで宗門の外護に務めてきた資金を、全て創価の自前の財と為せるのだから、これ程のおいしい旨味はない。
 そして、創価教学なる、日蓮正宗ゆずりの法を盗み取った、張りぼて教学をしつらえ、新興宗教教団、池田創価学会の旗揚げとなった。
 可哀想なのは、末端の学会員達。何も知らされず、教えがその時々でコロコロ変わり、聖教だ財務だ池田の著作だと財産を収奪された挙句、ニセ本尊と取り替えさせられたり最初からニセ本尊だったり、ニセの教学を日々習い、段々と、次第に、昭和の日蓮正宗の御教えとは全く異質な、異常な教えにすり替えられていった末に、魔の集団、魔の眷属と化した創価に騙されていく。
 トップの池田が狂い、その取り巻き幹部達がそれにつき従い、末端はただ、それを見て無言のまま従属し隷従するだけ。創価奴隷なんだな、早い話が。
 このシステムの仕組みに早く気付いて、創価を去れれば運が良い方。去っても多くは日蓮大聖人からは離れてしまうケースも多い。正しい御教えの日蓮正宗に帰依、帰伏すれば幸いだが、ろくでもない謗法の顕正会、正信会へと移るケースも稀にある。残りの多くはその組織のしがらみから抜けられずに、そのまま在籍し続け、創価集団無間堕地獄へとまっしぐらに向かっているのが今の現況。
 何より、日蓮大聖人様の御本懐、三大秘法の戒壇の大御本尊様を見棄てた学会に、謗法、堕地獄以外の何物も残らず、哀れな存在と化したのが今の創価の全ての元凶。寄せ集めの仏法の滓(カス)、平成の仇花(あだばな)が創価学会。
 「汝早く信仰の寸心を改めて、速(すみやか)に実乗(じつじょう)の一善(いちぜん)に帰(き)せよ。」(立正安国論)との日蓮大聖人様の破折、戒めの御金言、仏法対話は、紛れもなく創価学会員諸氏に向けられ、贈られている。
 日蓮正宗の法門の正しさが、日々年々、その価値を増し、功徳の実証を示す。創価の悪の策動による過ちが、日々年々、よりクローズアップされ、罰の現証が顕われ、人々を悩ます。その差は大きい。

 ※戦後、震度七という震度計の最高位の震度が制定されたが、昭和の頃、それらが発動、認定されたことはなかった。その頃は、日蓮正宗宗門と創価学会との僧俗一致、僧俗和合が図られていた最中であり、日本国が、広宣流布の時来る、と誰もが感ずるような時代であった。
 それも、平成になり、平成七年(一九九五年)一月十七日の、阪神大震災にて、初めて塗り替えられる事となる。その頃、創価の謗法は極限に達し、その前年、「ニセ本尊」を総本山の許可なく販売し始め、その大地震の前日までは、創価の各会館等では、日顕上人猊下の御本尊の大量不敬が行われ、正に、諸天が怒り狂い、厳罰の末の大地震であったのだろう。元々兵庫県神戸などは、大地震とは無縁の地であったのだが。正に「日蓮を用ひぬるとも悪しく敬はゞ国亡ぶべし」の御金言の通りであった。
 その後の日本は、皆様ご存知の如く、三災七難、日本列島に物騒な災害・事件が起こりまくり、つい最近も、オウム事件や東日本大震災や各地での天変地異、怪事件等々、安全・安心が脅かされる事態となっている昨今である。

12/16 オレンジカフェ・ポエムへ

2018年12月16日 13時46分27秒 | 『福祉』『介護』病院・障碍者・高齢者福祉。母の優しさ。借金ローン返済地獄解決篇
今日は寒い中、安積町荒井雷神山にある、オレンジカフェ・ポエムに行って来ました。
バイパスの交差点。
ポエムへ。
二百円で飲み物とお茶菓子が振舞われる。私は紅茶をまず頂く。
コーヒー、緑茶とこの日は三杯も頂いた。
少し遅れて行ったが、皆さんの熱気でおしゃべりに花が開く。社協の女性の方のリードで、こちらも気分が良くなった。
余り今日は私は言葉を発しなかったが、久しぶりのオレンジカフェなので、これでいい。
皆さん、高齢者の家族を抱え、自分なりの話を持ち寄り、楽しいひと時となった。
※オレンジカフェとは、認知症の当事者もそうでない方も、認知症をもっと身近に感じてもらい、日ごろの介護やお世話への解放感を味わい、肩の荷を下ろして頂く場所。とてもアットホームな雰囲気で、年齢を限らず、皆さんに来て頂きたい、カフェです。

五木寛之著「生きるヒント 2」を読了

2018年12月10日 20時24分42秒 | 読書・本を読む事への楽しみ誘い。日蓮正宗御本。その他一般著作物電子書籍・辞書類
 今日、五木寛之著「生きるヒント 2」を読み終えた。
 著者自身の解説にもあるが、ある読者の方も、この本を読んで納得できる部分とそうでない部分があったと。それを聞き、五木氏も、著者冥利に尽きるというような事を仰っていた。
 ある意味、この「ヒント」を信じる読み方は五木氏は求めない。ある部分共感し、別の面で反論されても構わないと。
 私もその読者と同じく、共感したり、ここはそうなのかな、と半ば疑問に思った事もあった。
 例えば、五木氏は、俗に言う「筆不精」で、便りをもらっても返信を書かない。五木氏の父が借金してまでも、方々を巡り、五木氏の学資の為に奔走して手紙と共に五木氏のもとに送金してきた。その返信を、筆不精の為に結局父が亡くなっても返さない。そんなのってあるのかな、と私は思う。著者はゆっくり泰然自若に構えているのだろうが、余りに無慈悲なのには残念な気がした。
 その他、親鸞の思想など、私の宗教観と相容れない部分もあるが、その他は、ほとんどが共鳴できた。感動もした。
 別な作家が、この本の解説を書いているが、本当に五木氏は「ヒント」を与えてくれるが、それはあくまでヒントであり、答えでも結論でもない。だから、断定もしない。こうじゃないかなあ、という五木氏のぼやき、思索の楽しさを読者も追いかけ、再考するきっかけとなる。
 この本は、その解説によると、正に「生きるヒント」現象ともいうべき文化運動を起こし、老若男女を問わず、社会現象を巻き起こした作品群だという。私も平成の初めころ、この本を片手に電車から降りてきたりしている人を少なからず見た。
 五木寛之氏の、市井の人々を見る目の眼差しが優しく、一般大衆もそれに応えるようにこの本をベストセラーへと押し上げた。
 正に、平成時代を生きる人々を見つめ、慈悲を持って語り掛ける五木氏の、暖かいエッセイ集だ。

御法主日如上人猊下「御指南集 二十二」を読了

2018年12月06日 19時59分15秒 | 読書・本を読む事への楽しみ誘い。日蓮正宗御本。その他一般著作物電子書籍・辞書類
総本山第六十八世御法主日如上人猊下「御指南集 二十二」を今日、読了した。
 一つ一つの文章が短くまとめられ、折伏、弘教、勤行・唱題、仏法のお話が載っている。主に去年から今年初めにかけてお話になられた御指南集である。
 やさしく平明に、時にはユーモアを交え、語り口調もやわらかく、さわやかで、極めて読みやすい。定価(本体231円+税)。大日蓮出版。
 お寺の学習会で使用。私は余りこの所お寺に通わず、所々しかこの本を使っていなかったので独学独読?した。
 仏法を求めてやまぬ人には是非おすすめ。