気がつけば思い出Ⅱ

日々の忙しさの中でフッと気がついた時はもう
そのまま流れていってしまう思い出!
それを一瞬でも残せたらと...。

ある夏の終わりに~高校時代の創作(2)♪夏の終り/オフコース

2021年08月24日 | すずかけ

【ある夏の終わりに】(2)

「お茶をと思ったのだけれど、この方が良いと思って」と言うとその人は飲み物の入ったコップと、メロンを置いた皿を滝子の前へ出した。

「失礼ですが、何故私の名前を知っていられるのですか、たぶん私はお会いするのは初めてだと思いますけど。」

彼女がそう尋ねると、その人はニコッと笑顔を見せた。そして

「滝子さんというお名前はいつも五条さんに聞いていました。ほんとう言うとあなたが滝子さんだとはっきり確信がなかったの。でもやっぱりそうだったわね。」と言った。

「実はね、私は五条さんの絵を時々拝見させてもらっていたの。そのたびにあの方は(滝子だったら何て言うだろう)などといつも言っていたの。

どんな人と聞いたのだけれど教えてくれなかったわ。去年父に、五条さんが連れていらした女の人の話を聞いて、滝子さん、つまりあなただと思ったの。」

その人は、時々笑顔をチラッと滝子に移しながら話を続けた。

その純情そのもののような顔を見ていると、何か張り詰めたような滝子の心は少しずつ和らいできたようだった。

二人はお互いのことを話し合った。

それで滝子はその人が菊代という名で、五条を好いていた人だという事を知った。

菊代は菊代で彼女が五条の姪だということで少しほっとしたらしくさらに笑顔となった。

そんな事で住職が現れるまでに二人はすっかりうちとけてしまった。

 

住職は手に大きな額絵を四枚持って二人のいる書院に入ってきた。

「どうも待たせてすみません。なかなか重いもので…。でも良かった、その間にすっかり菊代と気が合ったものと見える。」

その絵は相当重いらしく彼は壁にそれを立てかけた。

滝子にはすぐにそれが五条のものだと分かった。

「五条さんの絵です。この寺の春夏秋冬を書いて下さったのですが、残念なことに夏の絵が未完成なのです。」

滝子と菊代はその絵に目をやった。春・秋・冬、それはどれも美しいこの寺の風景だった。

春は花に包まれ、秋は紅葉に、そして冬はまっ白な雪の中に、その姿を誇っていた。

滝子は十九世紀に栄えた絵画が好きだった。

そしてどことなくそれを思わせる五条の絵も同じように好きだった。

「ねえお父さん、滝子さんはね、五条さんの姪なんですって。今高校三年生なのよ。」

菊代は、二人の前に座った彼女の父にそう言った。

「うん、わしも今聞いたところだ。何しろあの人は親戚関係が全然なかったようだったから、てっきり五条さんに絵でも習っていた人かと思った。」

滝子は叔父が彼女の父と母親を異にする兄弟だという事や、叔父の母が勝気な人で、彼を父の家に入れなかった事などを二人に話した。

住職も菊代もそのような事をまるで知らなかった様子であった。

「私が叔父を知ったのは、美術館でした。私が中学三年生の時です。ちょうど叔父が大学四年生の時です。最初叔父の方が話しかけてきたのです。

叔父は私のことをいろいろと知っていました。私が度々絵を見に行くことも。そして姪だという事まで・・・。」

滝子は初対面も同様な彼らに向って何の抵抗も感じずに、話すことができた。

「あなたはよほど絵が好きらしいわね。」と菊代が言った。

「ええ好きです。でも下手な横好きかもしれません。高校へ入ってからずっと叔父について絵の勉強をしましたが、さっぱりです。」

「私も一度五条さんに習ったのだけれど、すぐやめてしまったわ。滝子さんは続けている。その点偉いもの、きっと上手に決まっているわ。」

菊代は一人でそう決めてしまったように得意そうな顔をしてみせた。住職の前で滝子を独り占めした感じであった。

「菊代に絵は向いていない。でもいいですね若い時は、芸術だのなんのって夢中でなるものがありますから、現実の世から離れて。」とそこへ住職が口を入れた。

すると菊代はちょっとふくれたような表情をわざとらしく見せて

「あらお父さんたら・・。お父さんだって結構植木に夢中ではありません。

それに芸術だって現実との戦いはありますよ。もしかしたら芸術の方が激しいかもしれないわ。」と言った。

住職は大きな声で笑った。そして

「全く幾つになっても親いびりは忘れないらしい。」と言った。

滝子はそんな二人を見ていて、今まで忘れかけていた淋しさがふと心をかすめた。

「なんと理想的な親子だろう。」と彼女は思った。

せめて彼女の父がこの何分の幾つかでもそのようだったらと思った。」

 

「それにしても五条さんは死ななくても良かったのに。」と住職がふいにいった。

すると「自殺なんて…。」と菊代が言った。

先ほどの明るさが少しずつ萎んでいくようだった。

親子は五条の死を真剣に考えているらしかった。滝子にもそれが分かった。

人付き合いの嫌いだった叔父も、反面に真剣に考えてくれる友を得ていたのである。

叔父がこの寺を好きだった理由はここにもあるのだと思った。

「私もはじめは信じられませんでした。あの夏、私がここへ連れてきてもらって、家へ帰る時、叔父も東京へ帰るはずだったのに、留まるというのです。

絵を書きたいからというのが理由でしたので、私もすっかり賛成しちゃって。それに、あの時の叔父の顔は普段と違って晴れ晴れとした感じだったのです。」

滝子は話しているうちに次第に悲しくなってきた。涙が出そうになったが、一心にこらえていた。

「それには裏があるという事にあの時気がつきさえすれば・・・。」

「やっぱり無理だったでしょう。私も前の日に会っていたのですから。それにあなたは十七歳という若さだ。」

そう言った住職の顔には、先ほど滝子に見せた時と同じように失敗したという表情が現れてきた。

そして「どうも私はあなたや菊代を悲しがらせる話ばかり始めてしまっていけない。」と言って、

「どうですか、二人して五条さんの墓参りをしたら。」と滝子と菊代を、五条の墓へと向けた。(3)へ続く・・・。

 

この回はこの曲をお借りしました。

オフコース/夏の終り
 
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ある夏の終わりに~高校時代の創作(1)♪夏の終わり / 森山直太朗

2021年08月23日 | すずかけ

高校時代、文芸部に所属していました。

部は1年に1度、部員の詩とか散文などを寄せて、文芸誌「すずかけ」を発行していました。

当時はかなりの時間をかけ苦心して書いた作品ですが、今読み返すと誤字脱字はもとより、内容自体が幼くて笑ってしまいます。

けれど、54年前(時の流れにビックリしますが)17歳で書いたその時の想い、せっかくブログをやっているので自分の記録(思い出)として推敲せずに書き写してみようと思いました。

【ある夏の終わりに】(1)

午後一時近くなってやっと滝子は長福寺の境内に立った。

これまで太陽のぎらつく中を歩いてきたせいか顔は赤くほてり、そこへついた時はもう汗びっしょりで、

新しい紺色のワンピースはほこりにまみれて幾分白くなっていた。

境内はいたる所に杉の木やその他の樹々が立ちこめているせいか、蝉の声が騒がしく夏らしくもあったが、かなり涼しい所だった。

彼女はハンカチを取り出して汗をふくと、ていねいに服のほこりをはたいてから、もう一度きちんと立ち直った。

そしてあたりを懐かしそうに見渡し始めた。

山門に続く石段、目の前の本堂や庫裡その他、建物はみな荘厳で、去年と変わらなかった。

そして広い庭には、桜や藤の緑の中で百日紅の木が今年も又その淡紫色や紅色の花をつけており、

回りに石を置いた池では相変わらず鯉が気持ちよさそうに泳ぎまわっている。

ここは滝子の故郷では無かった。

しかし彼女はむしろここの方が好きだった。

回りを山に囲まれたこの土地は彼女の住んでいる地方に比べれば余り発展はしていなかったが、自然の風景は比べるには及ばなかった。

美しい山や川、そして古都にも似つかわしいこの町。

その町の中心にあるこの寺も単にそれだけが美しいのでなく、まわりの景色から多分に影響を受けていたのであった。

滝子の叔父五条はここで育ちここで死んだ。

彼女はそんな叔父を恨めしく思うことさえもあった。

彼の死の原因は何だったのか彼女にははっきりわからなかったが、もしこの故郷のためだったとしたら、何故か分かるような気もした。

寺の風景は何もかも去年と同じだった。

そしてそれは滝子の心に新たな寂寞とした思いを湧きたたせるのだった。

「叔父さんはなぜ死んだのだろう。」再度繰り返した疑問が再び湧き起った。

彼女はもう一度ゆっくり境内の全てを見渡すと、やがて庫裡の方へ向かった。

百日紅の花の下を通り池をぐるり回ると庫裡へでる。

池の辺には滝子の知らぬ白色の小さな花が、まるで粉でもまいたかのように咲いていた。

去年は見かけぬ花だった。

 

彼女が庫裡に入ると、寺の住職が植木鉢の手入れをしていた。

棚に並ぶ数十個の鉢はみなどれも、きれいな花をつけていた。

「すみません、お線香とお水を頂きたいのですが」 滝子の声に住職は頭を上げた。

そして彼女の顔をまじまじと見つめると「あなたは、もしかすると、いつか五条さんとみえた方ではないですか。」と言った。

「ええそうです。覚えていて下さったのですか?もう忘れてしまったかと思って挨拶もしませんで…」

「いいえ、私こそ植木なんぞに夢中でしたから、それにあなたのように、庭や私の植木を褒めてくれた人は忘れませんよ。」

彼は鉢を元の場所へ並べると、手桶に水を入れ始めた。

「目でわかるんですね。大抵の人は褒めてくれるのですが、あなたみたいに根っから花や樹を好いてくれる人は少ない。

あなたと五条さんくらいでしょう。」 彼はそう言った。

「五条さんも惜しいことをしましたね。もう少しで世の中に認められたでしょうに全く惜しかった。」

住職がことさらに惜しい様子を見せたので、滝子もなにか言おうとした。が、なぜか、それに答える言葉がでなかった。

それで彼女はつい気まずそうな表情をしてしまった。

すると住職は滝子のそれを見てとってか「私は悪いことを言ってしまったようですね。ごめんなさいよ。お嬢さん・・。

五条さんの墓参りなのでしょう。うっかりその事を忘れてしまって・・。本当に悪かった。」とわびを言った。

「いいえ叔父を惜しく思ってくれ嬉しいです。」

滝子は先ほどから自分にしきりに話しかけてくる住職を「なんて話好きな人なのだろう」と思った。

「叔父・・。そうですか、あなたは五条さんの姪御さんですか。私はてっきり五条さんの絵の生徒さんかと思った。そう言われてみればどことなく似ていますね。」

彼は再び滝子の顔をまじまじと見ていたが、「まあ立ち話も何ですから、こちらでお茶でも。」と彼女を書院の方へと促した。

滝子はちょっと戸惑ったが、言いなりになった。

なぜだかよくわからなかったが、たぶん叔父の話が彼女をそうさせたのだと思った。

書院からは寺の庭が全て見渡せた。

ついさっき彼女の通ってきた山門、桜の木、紅の百日紅、美しく置いた石や樹々や、それに囲まれる池などがみな目の前に開けた。

そしてあの白い花は一枚の白い布の様に輝いて見え、周りの緑を一層引き立てていた。

彼女が暫く庭の方を眺め入っているとそこへ、すっきりしたワンピース姿の二十二・三歳の娘が飲み物らしきものをもって現われた。

彼女は軽く挨拶をすると「さあ、滝子さん、どうぞ」と出し抜けにそう言った。

滝子は自分の名を知っているその人に驚いた。 (2)へ続く・・・。

 
2003年8月20に発売された森山直太朗 の「いくつもの川を越えて生まれた言葉たち」の収録曲からのシングルカット
素敵なピアノのカバーがあり同じ夏の終わりという題名なのでお借りしました。
 
【ピアノver.】夏の終わり / 森山直太朗 -フル歌詞- Covered by 佐野仁美
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