1234話)もう一回、侯喜さんのこと

写真は何回かまえに書いた大同の胡楊です。1960年代あたりに内蒙古自治区から導入されたもののよう。

この胡楊のひこばえを協力拠点の環境林センターに移そうとしたことがあります。それをここの林場の若い人に見とがめられたんですね。そしたらその移植を指揮していた侯喜さんが「おれは侯喜だ。帰って場長にきいてみろ!」といったんです。

場長にきくまでもなく、その若い人も知っていましたので、ことなきをえました。でも、この胡楊、ポプラなんですけど、挿し木もひこばえの移植もうまくいきません。実生のものは問題なく移植できるんですけど。

また、遠田宏先生が小老樹(伸び悩みのポプラ)の年輪解析をしたくて、陽高県の道路わきで1本を伐っていたんですよ。ところが中国では木を伐るのは容易なことではありません。正式に伐ろうと思ったら、何段階もの手続きが必要です。

このときも村の人に見とがめられたんですね。そしたら老侯が、「おまえ、なんて名前だ?じゃあ、〇〇村のだれだれの息子だろう」なんて言ったんです。それでその場はおさまりました。老侯は大同の農村のことを知り尽くしていたのです。

ある年、大同の地元紙が老侯のことを取り上げました。その見出しが「大同市の緑化に半生を捧げた侯喜さんが日本人といっしょに第二の青春を送っている」というものでした。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 1233話)技術... 1235話)パン... »
 
コメント
 
 
 
懐かしい人たち (小老寺)
2018-06-15 11:41:25
立花先生から侯老まで、当時を思い出させる写真とともに、懐かしく読ませていただきました。
それぞれの文章も、落ちの付いた高見節ですね。
 
 
 
武春珍所長に叱られました。 (高見)
2018-06-15 12:39:42
ありがとうございます。ここの胡楊の種をもちかえって、緑の地球環境センターで老王に育苗してもらったんですけど、手がかかるんですね。うえから灌水したんでは小さな種は流されてしまいますから、下から水を吸わせるようにし、発芽してからは霧吹きで湿らせていました。老王がそれにつきっきりになりますので、それだけのことに大の大人を張りつかせるのはもったいないといって、小武は不満だったのです。でもその苗が蔚県の湿地公園で根付いてとてもよかったと思っています。
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。