中国の内陸部での緑化協力にかかわる報告です。
続々・黄土高原レポート
237話)華厳寺の再建工事
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泊まっているホテルの窓から、上・下の華厳寺がみえます。その周囲で大工事がはじまっています。以前はさえぎる建物があったのですが、去年の夏から取り壊しがはじまりました。地元の人の話では、大同の広場の南にある郵電局などをさらに取り壊すそうです。それにあわせて、いくつもの堂宇を新しく建てています。もちろん木造建築。
そのスピードがすさまじいんですね。レンガ建ての建物の取り壊しがはじまったのは、去年の夏でした。12月にきたときに、すでに1棟の木造建築が立ち上がりつつあったのですが、今回きてみると、すでにいくつもが上棟しています。いちばん前、つまり東にあるのは、山門をはさんで、鐘楼と鼓楼のようです。
華厳寺が創建されたのは遼代です。中国の南部は宋の支配下でした。北部が遼で、北方の少数民族・契丹族の王朝です。大同は遼に属し、その副都でした。
ですから、華厳寺には、その時代の特徴が刻まれています。しろうとの私でも、すぐに気づくのは、全体の配置が東向きになっていることです。漢族のそれはすべて南向きのはず。契丹族は、太陽の昇る東方を、尊い方角と考えていました。
よりホテルに近いところに、建築用の木材が積まれており、製材もそこでおこなっています。写真の左下にその一部がみえます。材の中心はモンゴリマツです。ヒノキやスギのようにまっすぐなマツで、私たちの緑化協力でもたくさん植えてきました。でも大同にあるのは、まだ30歳未満の若木ばかり。おそらく原産地の大興安嶺あたりから伐りだされたものでしょう。
そのスピードがすさまじいんですね。レンガ建ての建物の取り壊しがはじまったのは、去年の夏でした。12月にきたときに、すでに1棟の木造建築が立ち上がりつつあったのですが、今回きてみると、すでにいくつもが上棟しています。いちばん前、つまり東にあるのは、山門をはさんで、鐘楼と鼓楼のようです。
華厳寺が創建されたのは遼代です。中国の南部は宋の支配下でした。北部が遼で、北方の少数民族・契丹族の王朝です。大同は遼に属し、その副都でした。
ですから、華厳寺には、その時代の特徴が刻まれています。しろうとの私でも、すぐに気づくのは、全体の配置が東向きになっていることです。漢族のそれはすべて南向きのはず。契丹族は、太陽の昇る東方を、尊い方角と考えていました。
よりホテルに近いところに、建築用の木材が積まれており、製材もそこでおこなっています。写真の左下にその一部がみえます。材の中心はモンゴリマツです。ヒノキやスギのようにまっすぐなマツで、私たちの緑化協力でもたくさん植えてきました。でも大同にあるのは、まだ30歳未満の若木ばかり。おそらく原産地の大興安嶺あたりから伐りだされたものでしょう。
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