早く両親を失いながらも、関係者からの救援や養護に助けられ、順調に成人し妻も得た頼朝の人生は、鎌倉に入り、源氏の棟梁ひいては武家の棟梁として御家人たちの期待を強く意識するに従い、影を帯びて来る。何の権力基盤ももたない流人の座から、一躍数万の兵を動かすことができる源氏総帥の立場に成り、衰退した平氏に替わって朝廷権力と政治的に対峙する身になった頼朝の精神状態が、狷介孤高に傾いたであろうことは理解できる。 . . . 本文を読む
源頼朝は肉親との縁が薄い人だったが、その前半生は人に恵まれ、命の危機を三たび救われている。運の強い人だった。平氏の専制支配を受けていた東国武士団の願いが、頼朝の身を護る力となって働いていたのだろうか?〈平治の乱〉で平清盛との戦いに敗れた父〈義朝〉は、僅かな家の子郎党と共に都を後にした。東国へ落ち延びる途中、頼朝は父の一行とはぐれ平氏に捕らえられた。京に連行され、死罪になるところだったが、清盛の義母 . . . 本文を読む