てんちゃんのビックリ箱

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ブリューゲル展 感想 (豊田市美術館)

2018-05-11 00:28:31 | 美術館・博物館 等
展覧会名:ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜
惹句:受け継がれた一族の魂
 1. 画家一族9人の作品が揃い踏み
 2. ほとんどが日本初公開となる貴重なプライベート・コレクション
 3. 一族の得意とした細密描写
場所:豊田市美術館
期間:2018.04.24~2018.07.16 東京都美術館等を経て豊田市美術館
訪問日:2018.05.05

 
 暫く前から、イタリアのルネッサンスに引き続いて動き出したフランドル地域のルネッサンスに興味を持つようになった。特にボスからブリューゲルへの流れる異世界が描かれている雰囲気が好きだった。しかしブリューゲルに関しては、美術館に行ってブリューゲルの所へ行くと、ピーテルとかヤンとか2世とか・・・  たぶん狩野家のように一族だと思いながらも混乱した。それがかなりよくわかった。
 ブリューゲル家の系図は下記。これで150年。でもこれで驚くことなかれ。日本だって室町時代の狩野元信から明治の狩野芳崖までの、300年以上の歴史を持つ前述の狩野派があるものね。特に元信から狩野探幽までは、時代もほぼ一致している。



 系図の赤の人、およびその時代の周辺の人が今回展示されている。そのうち特に以下の人が強調されている。
・ピーテル ブリューゲル一世
  ボス二世にして農民画家。
  かの「バベルの塔」を描いた人でブリューゲル家の始祖
  ヒエロニムス・ボス風の絵を描くとともに、農民の絵を描いた。
・ピーテル ブリューゲル二世
  長男。父の作風を広めた「地獄のブリューゲル」
  父の絵の大量コピーを描いた。顧客は中産階級で、貧困生活を送ったことがある。
・ヤン ブリューゲル一世
  次男。父の才能を受け継いだ「花のブリューゲル」
  風景画、寓話、花の絵などを描く。
  上流階級を顧客。非常に豊かな生活
・ヤン ブリューゲル二世 
  ヤン ブリューゲル一世の子。一族の伝統を次代に繋いだ三代目
  ヤン一世のコピーや、その作風をそっくり真似た絵を描く。父の財産や工房を引き継ぐ。
  
 展覧会の構成は以下のようになっている。
 1章 宗教と道徳
 2章 自然への眼差し
 3章 冬の風景と城砦
 4章 旅の風景と物語ー
 5章 寓意と神話
 6章 静物画の隆盛
 7章 農民たちの踊り 

 全般的にいって、今回の展覧会は地味である。ブリューゲル一家の作品をここに展示するもの以外も含めて説明しようとしているが、ドカンとした目立つ作品はなく小品がほとんどである。もし本当に一族の全体像を示したいのならば、解説用に有名な作品のコピーを置いてもいいと思う。
 ただし徹底的に小品に拘ったのか展示作品が個人蔵がほとんどであり、この展覧会が終われば、もうそろって見ることはできない可能性もあり、企画側の頑張りだろう。後でも述べるが小品そして個人蔵というのが、ブリューゲル一族の、特にピーテル2世が代表する流れを特徴づけるものかもしれない。

 全体的に感じたのは、「バベルの塔」を描いたピーテル ブリューゲル一世は、大作家であり、下記に取り組み、特に④の技術で流派を作り上げた。

①宗教的混乱の中で、ボスの流れを汲み人間の本質を異形のものを描くことで心理的に掘り下げようとした。
②具体的に農民という人の業を現しているものに着目し、ほぼ初めてそれを描く対象として取り上げた。
③ルネサンスが起こったイタリアと異なる北欧の風景、特に冬の風景を描くことを発見し、北欧の人の共感を得た。
④ありそうででも現実にはないものを、非常に微細に写実的に描いた。
⑤従来の王侯貴族ではなく、経済発展により勃興してきた商人たち大衆に、エッチングによる版画や、絵画でも小さなもので安く「芸術」を提供しようとした。


<ピーテル・ブリューゲル一世>
 1章は一族の原点を示すものであり、ここに一世の作品のこれらの特徴を示すべきであったが、やっぱり集めるのが難しかったのか貧弱となった。一世はここに数枚とそれぞれの章に1枚程度が出ている。
 一章に挙げられたものとして、下絵を書いた「最後の審判」。ボスと同様に異形の生物を、キリスト教の最後の審判の場面に並べ、見る人の想像を掻き立てる。



 また、4章では「イカロスの墜落の状景を伴う3本マストの武装帆船」。イカロスの墜落が小さく描かれているが、地元フランドルの経済的強さを担う帆船を力強く描いている。たっぷりと風をはらむ帆、波騒ぐ海の表現がいきいきとしている。



<ピーテル・ブリューゲル二世>
 この一世の姿勢を強く受け継ぎ、二世は父の芸術を広めようと⑤を徹底させコピーを量産し、そしてよりお金のあまりない人へ提供しようとした。また②の農民への寄り添いを、より徹底させた。やはり観念的で経済的に成立しなかったのか、三世で途切れている。時代が早すぎたのだろう。彼の作品は2~6章にはほとんどなく、7章でずらっと並んでいる。 この企画をした人は彼に同情的だったのだろうが、歴史的にはあだ花のようなもの。
 二世が一世をコピーしたものとして 4章にある「鳥罠」。 ヤン一世の素描のものも展示されている。一家で100枚ほどコピーがあるとのこと。
 先に枝ぶりと書いたが、寒々とした木々、そして遠くへ広がっていく冬景色の中で、右下の鳥罠の近くに集まった鳥たち、そして左側でスケートをして遊んでいる人たちと、生の息吹と逞しさが描かれている。ルネサンスで先行のイタリアにはない風景、そしてそこで生きる自分たちの強さを描いているとして、人気が出たのだろう。


 「野外での婚礼の踊り」
 一世も、農民画家と言われていたが、農民を描きつつ何等かの寓意を書き込んでいるとされる。それとともに、最後の審判のような多数の人々を書く際の参考としたのではないかと思える。それに対して二世は表現が直接的で、農民の喜怒哀楽に入り込もうとしているようである。それぞれの人の表情がとても面白い。



<ヤン ブリューゲル一世>
 ヤン一世は、ピーテル一世から④の技術を受け継ぎつつ、異なる才能を持ち静物画や風景画などあまり思想性のないほうへ展開していった。そしてそれは、勃興した商人階級でも高レベルの人の装飾品としてきっと合致したのだろう。
 2章から6章はほとんどがヤン一世、ニ世およびその周辺の人々の作品であり、一章が弱いので、むしろヤン一族の展覧会のようである。そして6章が彼等の装飾画的発展の帰結をなすものである。孫世代になると美しいけれども、かつてピーテル一世が持っていたなにかが失われ、普通の静物画に近づく。

 2章では 「水浴をする人たちのいる川の風景」。
 ありそうでない広い都市空間を背景に、力強い自然の中に包まれて遊んでいる本当に小さな人間たちを描いている。ここでは美しい自然が主役であり、イタリアルネサンスの人と自然の関係とは異なる。この絵は小さいが、ブリューゲル一家の特長である非常に細かいタッチで、微細に描き込まれている。木々や叢の緑や他の色の重ね塗りが美しい。
 なおここで展示されている油絵は、ほとんどが銅板の上に描かれている。それ以前は稼動できるものは木材の板の上に描かれていた。その頃フランドル近辺で薄い銅板製作技術が進展したことによる成果であり、これによって流通範囲が広がった。


 6章はたくさん描いたものが展示されているが、ヤン二世との共作の「机上の花瓶に入ったチューリップと薔薇」。この頃フランドル、特にオランダではチューリップバブルが起こっていたが、この絵もチューリップがメインで発注元である裕福な商人に気に入られたであろう。細かいタッチで花の模様が丁寧に描きこまれており、完璧な装飾用の絵画であり、ピーテル一世のような寓意は入っていないと思う。



・ヤン ブリューゲル一世 その他>
 ヤン二世については、あまり書くことはないと思ったが、5章が抜けたので彼の絵を入れておく。

 「地上の楽園」

 掌サイズの銅板に描いたもので、やはりどこにもありそうもないが美しい自然を背景に、多くの動物のカップルが非常に丁寧に書き込まれている。ブリューゲル家の技術が発揮された典型的な作品である。みんなに楽しい場所というシンプルな寓意はあるが、ピーテル一世のような、もう一歩深読みをせねばといった迫力はない。



 その他 ひ孫世代で面白いと思ったものは、ヤン・ファン・ケッセル1世の「蝶、カブトムシ、コウモリの習作」。
 なんと大理石の上に描かれている。大理石はやや半透明で中からも光が返ってくるので、描かれたものが浮かび上がってくる。こういった図鑑的な書き方は、一家の技術にとても合致している。



6章と7章は写真撮影可能だった。カメラ持参だったのと一緒に行っている人が進めたので撮影したが、やはり気が散るしあまりいい写真は撮れない。今回は特に会場内の光に何等かの処置をしているせいか、通常よりも変な色となった。まずいと思って、その部分は最初から見直した。絵画など2次元のものの場合には、撮影はしないほうがいいと再認識した。

 7章でピーテル二世の婚礼の踊りをフィーチャーして、それぞれが踊りだす動画が展示されている。二世の農民への優しい眼差しを感じた企画者が、共感して作ったものと思います。現代だったらそういう感覚を持つ人は多く、ピーテル二世の描き方はもっと評価されるのではと思いました。

 また芸術の大衆化について、この展覧会を見ながら考えました。この一家は従来の王侯貴族や宗教界以外の、新興経済人へリーズナブルに手軽に芸術を見てもらうべく、これも新しい銅板という媒体に、小さく描いた絵を手書きコピーしている。
 それに対して日本では、少し時代は下るが版画による浮世絵が大量に出版されている。その華やかさは、西洋のエッチングはるかに凌駕している。日本はこの浮世絵によって江戸時代の庶民の文化度は世界で最も高かったとされている。
 ブリューゲル一家に対する狩野家、手書き絵画コピーやエッチングに対する浮世絵を比較し、日本もなかなかのものと思った。 


コメント
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