てんちゃんのビックリ箱

~ 想いを沈め、それを掘り起こし、それを磨き、あらためて気づき驚く ブログってビックリ箱です ~ 

京都の夜の一人歩き(その3) 冬 吉田神社

2018-12-21 21:16:10 | 昔話・思い出


 大学4年生の頃。 (初出で3年と書きましたが、4年でした。)

 節分の前夜 午前2時頃、ふと眼が覚めた。そして夕方に人ごみの中で参拝した吉田神社に、もう一度行ってみようと思いたった。
 どんよりとした雪が降りそうな雲の下、私にしてはお洒落なセーターとコートを着て出かけた。吉田山まで結局何も動くものには、出会わなかった。

 鳥居をくぐり、両側の灯火に照らされた参道、石段を登っていくと吐く息がどんどん白くなっていき、左右に広がる木々の間の闇がいっそう深くなった。

 山を巡る道まで登りきり、一回深呼吸し、手足、身体を静かに捻る。
 すると染み付いていた下界のよどんだ空気が、身体から薄皮を剥ぐように剥がれ落ち、神域の空気が、直接身体を包む。そしてブラックライトに照らされたかのように、薄ぼんやりと光りだした。
 八百万の神々の集いに、過って登録されてしまったようだ。 
 (吉田神社は、すべての日本の神々が集まるところとされている。)

 風もないのに、あちこちの木々がバサッバサッと時折音をたてて対話するのを、当たり前のように聞きながら、まっすぐ、京都市街を展望できる場所に行った。
 午後8時頃ならば、足元から光の海が広がるが、さすがにこの時間ではほとんどが街灯のみ。その規則性が、無機質を感じさせた。

 「今、貴方がこの夜の町を支配しているんだよ、手を動かせば何でもできるんだよ。」 
 からかうように、背後から神々が語りかけた。

 そこで私は両手を広げ、大仰に動かし、眼の届く範囲に住まうであろう民草の安寧を祈った。

 

 帰りに本殿のところを通ると、テントがあり、そこから石油ストーブ特有のオレンジ色の光が漏れていた。今日の節分のために、氏子さんが夜番をしているのだろう。

 「こんばんは、ご苦労様です。」 大胆にも入っていった。

 ストーブを背にして、そっけない事務机に向かってお茶を飲んでいる初老の男が、びっくりして闖入者を見た。
 神様は、足の先から凍え切っているので、早くストーブに近づきたい。

 挨拶もちゃんとし、一応の格好をしており、また皆から真面目そうという定評を得ている外観のためか、受け入れられた。
 優しさが声に現われる人で、私もほっとした。

 彼は話相手に飢えていたのだろう、どんどん話し始めた。最初は私への質問攻めであったが、私のほうが聞き上手だったので、途中から彼のいろんな愚痴等を聞くことになった。

 彼はこの近辺で、下宿屋さんをやっているとのことで、最近の学生はこんなに問題…というのを、ヤマと聞かされた。
 私は田舎から出てきており親戚も多いから、老齢者対応は場馴れしていたので、丁寧に答えた。

 そのうち、その人のお嬢さんの話になった。最近失恋して、すごく落ち込んでおり、どう対応していいかわからないと、男親としての悩みを話し始めた。
 話し方がいじらしく、親心とはこういうものなのかと、ある意味ショックを受けた。

 話していくうちに、その女性が私も知っている人とわかりびっくりしたが、黙って聞くことにした。

 彼より、私のほうが状況を知っている。彼女は、吉永小百合に似ているという評判の美人で、特に2人から積極的にアプローチを受け、片方を選んだところ、途端にうまく行かなくなり、結局失恋した。
 もう片方の一人が改めて交際を復活させて、うまく進みだしたという状態にある。その片方は、僕の友人で、酒を飲んでいる時なんかによく彼女の話を聞いている。失恋直後の彼女は、ひどかったとのこと。

 しかし彼の場合は、約1月前の失恋直後のエキセントリックなお嬢さんの状態に直面して頭を抱えてしまったが、その後の情報は入ってこなかったようだ。
 ずっとお嬢さんにどう対応しようかと悩んでいたのだろう。

 「大変でしたね。だけどもうすぐ元気になられるでしょう。」

 「そうやろか。」

 「さっきお嬢さんが、お母さんと買い物にいかれるとお話されたでしょう、それはいい徴候なんですよ。……・・」

 友人からこれに関し、偶然を装って挨拶する計画は、のろけとして聴いている。あたかも予言者かのように、いい方向へ行きますよと話してあげた。

 最後には、彼はかなり気が晴れた雰囲気に変わった。そして私を、是非お嬢さんに紹介すると言い出したので、ともかくは退却することにした。


 もう一度、京都市街を展望するところに行くことにした。ザクザクと霜柱を踏む足音が響く。先ほどは足音を感じなかった、木々の間を浮遊して行ったのだろうか。

 改めて見渡すと、空が白み始めたせいか、家々の輪郭が見え始めている。それぞれの中には、何か暖かい、先ほどの石油ストーブの炎のようなものが、息づいているに違いないと感じた。

 まだ寝静まってはいるけれど、皆がそこで、お互いのことを考えつつ生活している。先ほどのお父さんのように、一生懸命にお嬢さんを思い悩んでいる人もいる。

 ともかくは、私が女性とお付き合いする時は、背後にいる人たちのことも意識して行動せねばと、心に誓った。


cafesta からの転載 (
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする