天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

大江健三郎は近づくな

2015-04-04 22:03:49 | 歴史
 
秦郁彦は、1967年の中国の核実験の成功について大江健三郎が「(キノコ雲を見守る中国の研究者らの表情を)いかにも美しく感動的であった」と評していることを批判した。

がそれが曲解されキノコ雲美しい、中国の核実験を美しいと賞賛と理解していました。

はたして耳を疑うようなこの論評は事実なのだろうか。以下にその部分を抜粋しました。



『たとえば、僕はアメリカの最も善良な市民から、パール・ハーバーと広島・長崎を、その意識のうちにおいて相殺しているのではないか、という印象をうけることがしばしばあった。もし、パール・ハーバーの戦闘および、広島・長崎の原爆攻撃を、戦争のもたらす人間的な悲惨において比較するなら、そこにバランスがとりうると考えるものは、きわめて稀であろう。すなわち、そこには戦争の手段の威力の比較の論理しか存在してはいないために、パール・ハーバーと広島・長崎の相殺といったことが可能だったのである。
 それはアメリカのみにとどまらない。中国の核実験を写したフィルムを深夜のテレヴィに見た時、僕をおそった暗い恐怖感のことを僕は永く忘れることがないだろう。中国のある砂漠の一角にキノコ雲がおこった時、

《それを見守る中国の若い研究者たち、労働者たちを揺り動かした喜びの表情は、客観的にいっていかにも美しく感動的であった。》

サルトルがわれわれに語った言葉をひけば、核戦争の脅威に無防備のままさらされていると自覚している国が自力で核兵器を開発した喜びは、かれらの若い表情から直接につたわってくるものであった。
 しかし核実験の直後、およそ軽装の防護服を身にまとったかれらが、放射能の荒野に、勇んで駆け出すのを見ると、それは不安の念をひきおこさずにはいない。かれらには今、開発したばかりの核兵器の威力についての誇りにみちた知識はあるであろうが、核兵器のもたらす人間的悲惨については、ほとんど知識がないのではないか、と僕は疑った。ありていにいえば、当然、かれらはその知識に欠けているであろう。なぜなら、核兵器の悲惨について具体的に真実を知っている者たちのいる場所は、この核時代にあっても、なお広島・長崎の原爆病院をおいてはほかにありえないからである』



はっきり言って分かりづらい、曲解したとしてもそれは大江の責任だろう。

何回読んでも目が滑りますが簡単に訳してみましょう。

つまり、中国の核開発にはそれが使用された時及ぼす痛ましい被害者の状況は想像すらされていない。中国のそれを見る表情はあたかも有人ロケットの打ち上げ成功とかわらない。なぜなら核の恐ろしさを実体験しているのは我々日本人しかいないからだ。

と簡単にしてみたがそれでも大江の言いたい事がなかなか理解できない。

被爆国であれば尚更喜びの表情は奇異に映り、笑顔は不気味に感じるのであるが、大江は客観的に美しく、感動的だと言っている。

秦氏のように曲解することが当たり前とも思えてきた。

大江はオキナワノートで日本軍を貶めている


文学者が歴史を語る恐ろしさ、つまり歴史というひとつしかない事実はその捉えるものの主観で行く通りにも解釈があり極端にいえば真逆の歴史が存在可能である。

つまり、日本や日本軍は真逆の歴史を戦後押し付けられ、それに捏造までもが加わり教科書が編纂されていく。

そんな70年なのだ。

大江に言いたい。もう歴史に近づくなと。

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