令和新時代における十勝発展の夢と可能性
会員札幌在住
(令和元年9月23日に十勝プラザで行われた講演会の内容をまとめたもの)
講演の概要
時代の転換期にあたり、十勝の地理的特徴、エネルギーと食料の自給など様々な切り口から十勝の今後の発展の可能性を探った。また地方発展の壁となっている東京一極集中のおけるリスクと課題を整理した。最後に、十勝への移住者を増やす方策と、定住に向けて何が大切かを議論した。
十勝の地理的特徴
十勝の人口は現在34万人で、地形は、西北東を日高山脈、大雪の山々などに囲まれ分水嶺が境界となっている。一方南は太平洋に面していて、四方を取り囲まれている状態である(図1)。十勝に降った雨のすべては、他地域に流れることなく、大半は十勝川に集められ太平洋に注ぐ。もちろん他地域から十勝に流れ込む川などない。北海道の他の地域では見られない特徴である。全国的に見ても、山に囲まれた例は山梨県などがあるが、人口で見ると30-40万人規模なら中堅都市相当だが、あまり例がない。十勝への主要なアクセス経路は、①鉄道(JR)、②国道9本と高速道路、③帯広空港であり、十勝港は、貨物のみである。
私が昔住んでいた、埼玉県入間市の隣が、所沢市で、人口が全く同じ34万人である。所沢市民は、主に西武線を使って新宿、池袋経由で都内に勤める人が多く、私も家は入間市でも、勤務地は東京都武蔵野市にあり、毎日東京に通勤していた、いわゆる「埼玉都民」です。首都圏(一都六県)に住む人たちは、日本人のおよそ1/3を占めますが、大部分が広域での移動が基本です。
十勝へのアクセスは一見すると十分に確保されているように見えますが、実際の毎日の人の移動は、首都圏と比べると、ほとんどないに等しい。極端な比較となりますが、大西洋に浮かぶ島国アイスランドが、たまたま人口35万人で同規模ですが、アイスランドと同様に、独立した生活圏、経済圏、文化圏が構築されやすい状況ではないでしょうか。農業ばかりでなく地域に根差した、帯広信金、勝毎、藤丸をはじめ、お菓子メーカーなどが際立つ理由の一つかもしれません。
また十勝に住む人たちはほとんど気づいていないと思いますが、この地域は、いわゆる「十勝晴れ」に代表されるように、太陽がさんさんと降り注ぎ、日照時間が長く、また空気は、PM2.5の影響など全くなく、澄み渡っており、水もきれいでおいしく、地上の楽園とも言えるほど素晴らしい所です。
図1.十勝の地形(よく眺めてみてください!)
エネルギーと食料の自給について
「衣食住」という言葉が昔よく言われていましたが、人にとって必要不可欠な代表例ではありますが、食を除くと、その重要性は大きく緩和されています。衣料は、アジアの低賃金労働に支えられ、安くて質の良いものが、街中に溢れています。住に至っては、全国の空き家率が10%を超え、贅沢さえ言わなければ、住宅に困ることはありません。むしろ、昨年のブラックアウトの経験で気づいたように、エネルギーは、食と同等に重要です。そこで、ここでは十勝のエネルギーと食に関して、自給という観点から検証します。
農業王国十勝の食料自給率の高さ(1000%)は、すでにみなさんご存じの通りです。十勝の農業にも課題は色々ありそうですが、専門知識もないので、ここはパスし、あまり知られていない、電力に代表されるエネルギー自給率に関して議論します。ちなみに日本の現状では、エネルギーと言えば、火力発電、自動車などに使われる化石燃料がおよそ半分で、電気は1/4程度と言われていますが、2050年までのCO2の80%削減目標を念頭に、いずれエネルギーの主力は化石燃料から電力となるので、ここでは電力を中心に議論します。
十勝管内の電力源は、主に水力発電と太陽光発電ですが、水力発電は、十勝川水系に3か所あり(北電ホームページより)、十勝 40,000kW(1985年)、富村 41,300kW(1978年)と新岩松 16,000kW(2016年)の各発電所で、合計97,300kWです。
一方、十勝晴れで知られるように、十勝全域の年平均日射量は、北海道でも一番多く、太陽光発電の適地となっています(図2)。十勝に住んでいる人なら、だれでも身近に、大小を問わず太陽光発電施設・設備を目にするのも、地理的・気候的優位性のためでもあります。残念ながら十勝の太陽光発電量に関する統計は見つかりませんでしたが、北海道内の太陽光発電比率(2018年度)は13.8%であることが報告されています(道新)。図2によると、日本全体で一番日照時間が長いのは,山梨県です。
参考までに太陽光発電は、国内で毎年どの程度普及が進んでいるかというと、ピーク電力で700万KW、およそ原発1基分相当以上の施設が毎年作られています。大規模発電が半分、残りは家庭用と公共施設などです。一年に作られる太陽光発電パネルの総面積ですが、然別湖の面積の約15倍もの広さに相当します。
次に、十勝管内の電力自給率を推定します。北海道全体の必要電力が最大で500KWと仮定すると、人口比で換算した十勝の必要電力が34万KW、その内水力発電は、常時稼働するとして、およそ30%になります。太陽光発電比率は、十勝が道内の他地域よりやや有利な点を考慮して、20%程度と見積もると、合計50%になります。推計方法にかなり無理はありますが、およそ半分程度と考えて差し支えないかと思います。
太陽光発電と並び、今後の主要発電と目される、風力発電に関して、現状と将来も含めて述べます。風力発電は、風車の羽の径が、材質の改善とともに大きく伸び、また高さも高くなることで、風速も上がり、近年発電コストが著しく下がって、世界では急速に普及が進んできています。特に洋上風力発電が、出力も安定して、大規模発電に向いているようです。原発が安全コストの大幅上昇に伴い最も高コストの発電となるのと対照的に、普及が進む太陽光発電、風力発電のコスト低下が著しく、もはや、最も安い発電方式になりつつあります。
経済産業省の調べた、日本全国の風力発電適地(平均風速が、陸地6.5m以上、洋上7.5m以上)の約半分が、実は北海道(主に沿岸部)にあるそうです。すでに、石狩から宗谷にかけた日本海側で風力発電が盛んですが、最近の発表では、石狩湾(洋上風力)と襟裳町で、大規模な風力発電計画があるそうです。また、風力発電の欠点である不安定な発電量を補うために、全道の風力発電を安平町の変電所に集め、電力変動を一旦ならしてから、併設する大型蓄電池を活用し安定化を図るという計画も進んでいます。いよいよ、太陽光発電とともに、風力発電が主電源として、安定電源供給の主役になる日も近いようです。
十勝の風力発電適地は、襟裳に近い広尾町など一部に限られますが、いずれ水力発電、太陽光発電と伴に、十勝の電力を支えることになるでしょう。電力自給率100%も、近いうちに実現します。
図2.日本の地域別年平均日射量分布
http://standard-project.net/solar/region/
過度の集中が招く首都東京の不都合な真実
日本全体の人口減少の中で、さらに一極集中を助長するかのように、人口の東京集中が止まりません。政府も地方創世のために、東京の人口増加を2020年までに食い止める方針でしたが、とても人口集中は止まりそうにありません。
しかし、過度な人口集中が招く様々な「不都合」が生じています。まず、当然のことながら東京は、エネルギーと食糧の自給率がほぼ0%で、電力供給も含め外部に完全に依存しています。最近の天変地異などの例に見られる、大規模な災害が首都東京で発生した時には、相当危険な状態になるかと思います。
また日常生活でも、人口に対する社会基盤の脆弱性が目につきます。保育所、老人福祉施設、火葬場からごみ処理場など、スペースが取れないため様々な不都合に直面しています。図3は、十勝の典型的な田園風景と、東京都江東区東雲にそびえ立つ、タワーマンション群です。高さ200m以上で、一棟当たり2000人規模の人たちがわずか50mx40m程度の極端に狭いところに超高密度に暮らしています。十勝で人口の少ない町、陸別町が全町民がおよそ2400人ですので、小さな町が、そのまま一つのビルに収まっているようなものです。地方の小さな町や村には、交番があり、消防署、郵便局、図書館はじめ、多くの公共施設が整っており、人々の平穏な暮らしが成り立っていますが、タワーマンションが群生する狭い地区にあるのは、主に居住空間だけです。
今年の東京の夏は、猛暑日の続く暑い夏でしたが、特に都心部は際立った暑さだったのではないでしょうか。通常は、樹木が強い日差しを遮り、葉からの水分の蒸発で、わずかですが冷却効果がありますが、コンクリートのビルからは、冷房装置の室外機から大量の発熱があり、逆に加熱されている状況かと思います。今夏東京都で、熱射病で亡くなられた方が100人以上にのぼったそうです。大騒ぎになっていないのが不思議ですが、このような状況だと、来年度以降も、何ら対策が打たれないまま、100人規模で熱射病のために人が亡くなると予想されます。
東京の人口集中を可能にしているのは、図3のタワーマンションの出現も大きいのではないでしょうか。新たな計画として、東京駅近くと虎ノ門にそれぞれ300mを超えるタワーマンションが近々完成するそうです。日本の建築技術は優れていて、特に地震大国でもあるので、耐震構造は完璧といわれています。地震で倒壊することはないでしょう。ただ、地震による停電は頻繁に起きています。停電対策として、どのマンションも自家発電機を用意しているそうですが、もし300棟近くあるタワーマンションのうち1~2棟でも、自家発電機が故障しエレベータも完全に止まったら、最上階の人たちはどうなるのでしょうか。福島原発も、結局は非常用電源設備が問題を引き起こしています。
最後に、最もリスクの大きい広域感染症(パンデミック)の危惧について述べます。リーバーマンの「人体600万年史」によれば、広域感染症の恐怖は人類が狩猟採集から農耕に移った時点で始まったそうです。ヨーロッパ中世(日本の室町時代)では、ペストの大流行で当時の全人口の1/3が死亡していますが、人口の密集が、おもな原因です。医学の発達した現在でも、ウイルスも進化することで、広域感染症リスクを抑えることはできていません。むしろ過度な人口集中で、壊滅的な被害のリスクも想定されています。身近なところでは、ワクチンの利かない新種のインフルエンザの流行ですが、そればかりではなく、免疫系を直接攻撃してくるSERSなどが、特に危険です。パンデミックの最近の事例としては、SERS (2003年)北京とMERS(2013年)ソウルがあります。北京では、この時1万人が感染し1000人が亡くなっています。人口密集地では、感染拡大の危険は非常に大きく、同じアジアの大都市東京でいつ発生してもおかしくない状況にあります。未曾有の大災害の例としては原発事故があり、スリーマイル島(アメリカ)、チェルノブイリ(旧ソ連)の後に、福島(日本)で起きたことは、まだ記憶に新しい、生々しい出来事です。
図3.のどかな十勝の田園風景(上)と、200mを超える超高層マンション群(下)
十勝の発展の可能性は?
すでに絶滅したとされる旧人類(ネアンデルタール人)と比較して、現代人(我々ホモサピエンス)は、群れを作る習性があるそうです。しかし、過度に人口集中が起こると如何に危険かは、前に述べた通りです。このような観点からみると、十勝は、山と海に囲まれ、人の往来も少なく、食料とエネルギーが豊富で、適度な人口密度を有する安全な場所と言えます。旧約聖書に出てくる「ノアの箱舟」のように、どんな大災害にも持ちこたえられそうです。あまり想定したくはありませんが、太平洋戦争のような、国難に遭遇した時には、避難地(疎開地)として、重要な役割を果たすと思います。十勝の全人口の10%、3万人程度の収容能力は、余裕であるかと思います。
より現実的な十勝への人口流入の鍵について、以下に述べます。農業を中心にした関連産業の活性化、観光産業、SNS利用の情報発信等々がこれまで議論されてきたかと思います。元勤務していたNTT研究所での私の専門分野に近いところでは、人口の地方分散の一形態として、IT時代のテレワーク、サテライトオフィスがしばしば取り上げられます。テレワークは、通信回線を使うことで、在宅勤務など、通常のオフィスを離れた勤務形態で、その内、サテライトオフィスというのは、部局の一部の人が遠隔地で通信回線を駆使しながら、本社と連携して業務を進める勤務形態です。サテライトとは衛星の意味で、これは地方の支店、営業所とは異なり、あくまでも、大きな一つの部局の一部が、地理的に離れたオフィスで勤務することを意味しています。
全国に光ファイバー網が施設された1990年代から、NECなど通信会社を中心に試行的に、サテライトオフィスの実証実験が進められました。通勤時間の緩和、職住接近、故郷へのUターンなど多くのメリットにもかかわらず、爆発的な普及には至りませんでした。最近、スマホに代表される無線通信方式の、第五世代への移行に伴い、再度注目を浴びており、徐々にではありますが、広がりつつあります。最大の課題は、通信技術等、ハード面ではなく、むしろ「飲みにケーションの壁」と言われています。
結局、業務終了後も、飲み会で、コミュニケーションを取る、独特の日本的な文化の壁が大きく立ちはだかっているということです。ただ、最近の「働き方改革」は、この点も含めた改革を目指しており、勤務時間後は、「会社より地域社会」という価値観の転換が望まれます。「ノミニケーションから地域コミュニティへ」、これがここでの提言です。
また、地方自治体は、移住に熱心で、色々なプログラムを用意しますが、地方活性化には、単なる移住にとどまらず、いかに定住していただけるかが重要で、それには、移住者を地域社会に取り込む、コミュニケーション力が必要かと思います。要するに、行政任せではなく、地域の人々を含めた総合力が必要です。
まとめ
最後に、十勝活性化のための以下の5項目を挙げて、終わりにします。これは、現代人に必須の項目にも通じます。まず空気と水ですが、当たり前のように思えても、こんな基本的なところに悩むケースが、世界至る所にあるのが現実です。十勝には、澄んだ青空とおいしい水があり、幸せです。次が、ここで何度も出てきた食料とエネルギーですが、エネルギーも現在主力の化石燃料から、徐々に電力に代わります。発電方式は自然エネルギーが中心です。最後は、やや唐突ですが、人と人のコミュニケーション力がやはり重要です。
如何に十勝に人を呼び込むかは、まだまだ永遠の課題と言ってよいでしょう。簡単には、答えは出せませんが、そろそろ情報通信技術、人工知能なども駆使して、人口分散が始まってもよい時期かと思います。人類20万年の歴史からいっても、今の状態は明らかに、過度の集中となっています。やや楽観的ですが、10年後、20年後を、期待感を持って見守りましょう。