箱根の山を下りながら、車窓に見えたシャクナゲが満開。

箱根登山鉄道は、線路の幅が少し広いと言う。

少し遅い目の昼食。急斜面に立つ強羅花壇は、うなぎの寝床のように、長ーい廊下である。

窓からの箱根の山は、緑が眩しい。

レトロな作りの窓からは前栽が見える。

中国風の絵画が掲げてある。「寒山・拾得」風のタッチの日本画も、ここでは様になっている。

左:慈母観音である。裾に描かれている小児はカットしました。
右:そして次には、ガラス張りの長い廊下。雪景色にいいかも。

いろいろ品数多く一口サイズで次々と出て来る。

赤い螺鈿の牡丹の絵の扉と沈金の菊も見事な違い棚が鎮座している。黒檀の「違い棚」だろう。
そして、左の襖の円形の襖障子が珍しい。

十国峠にやってきた。太陽はぎらぎら照っているが、富士山は全く見えなかった。

これって熱海城ですね。

熱海駅から「ひかり」で帰る。一泊二日の旅行でした。


箱根登山鉄道は、線路の幅が少し広いと言う。

少し遅い目の昼食。急斜面に立つ強羅花壇は、うなぎの寝床のように、長ーい廊下である。


窓からの箱根の山は、緑が眩しい。

レトロな作りの窓からは前栽が見える。

中国風の絵画が掲げてある。「寒山・拾得」風のタッチの日本画も、ここでは様になっている。

左:慈母観音である。裾に描かれている小児はカットしました。
右:そして次には、ガラス張りの長い廊下。雪景色にいいかも。


いろいろ品数多く一口サイズで次々と出て来る。


赤い螺鈿の牡丹の絵の扉と沈金の菊も見事な違い棚が鎮座している。黒檀の「違い棚」だろう。
そして、左の襖の円形の襖障子が珍しい。

十国峠にやってきた。太陽はぎらぎら照っているが、富士山は全く見えなかった。

これって熱海城ですね。

熱海駅から「ひかり」で帰る。一泊二日の旅行でした。

字面だけ見ると何のお店か分かりませんね
でも料理は美味しそうです
閑院宮家は江戸時代には、四宮家の一つでした。昭和63年に当主七代目の春仁氏がなくなり、家名は途絶えたと言います。
その別邸であったのですが、夏の避暑用にと箱根に、岩崎弥太郎の所有地を譲り受け建築したものでした。昭和5年に完成した建物だそうです。
喫茶スタイルの洋館を持ち、昭和初期の貴重な遺構として保存されているようです。