昆布が美味い

羅臼の昆布漁を見た時にスタートしたblogです。昆布のダシのように、人生の旅にも味付けをしたい。旅を中心に纏めています。

赤城山

2010-05-31 | 旅の風物
 高い山が多い関東地方にあって、火山の赤城山はすでに公園になっています。



赤城山はカルデラ火山の噴火口が複数見られます。美しい景観を作ります。赤城山という山の頂上はないようです。




赤城を描く作家も多い。志賀直哉・幸田露伴・与謝野晶子・高村光太郎などなど







ヤシオツツジには遅かったが、観光案内所の庭にシャクナゲが開き、ミツバツツジが咲いていました。



手作りロッジに集う趣味の仲間

2010-05-30 | 話題

 日光に向う谷あい沿いにみどり市が生まれました。富広の世界であり、小学唱歌童謡の里でもあります。

 その役場に程近く、趣味で、気持ちの趣くままに、畑にブルーベリーを植林し、大きな材木を使ってロッジを完成させました。風呂もトイレも出来ました。

そして、今年2年ぶりに来て見ると、屋根に屋上テラスができていました。




そして、数百本のブルーベリー畑には、鳥避けの網がかかっていました。



猪も、鹿も、鳥も悪戯にやってきたと言います。ブルーベリーは全滅寸前まで行ったそうです。歯の抜けたような所は、二代目の木が植えてあるそうです。




屋根のテラスで、指差しながら苦労を語るご主人でした。そして、地元の幼な友達が、それぞれ特技があって、木工の好きな人や道具を造る人や、魚釣りの名人やらが集まって、わいわい喋る場でもあるそうです。



テラスには、グラスファイバーの長椅子が置いてあります。一階の庇に使ってある防水の瓦材は、なかなか手に入らない材質だと言うことでした。
 



棟の東の端には風呂場が作られ、太陽温水器が役に立っています。東隣りの田も田植えの準備が出来ています。




さて、一階ですが、大きな囲炉裏が出来ています。ヤマメ・イワナ・アユ・その他いろんな網焼きが出来ます。




正面の庭には、左は燻製を作る炉で、右はインドのナンを作るようなパン焼き釜です。全部手作りです。




ブルーベリーは花が咲いています。



左:奥さんの話で、最近蜂蜜に凝り始めたと聞きました。これがこの大きな木の幹です。天然の巣箱です。小型のニホンミツバチが出入しています。
右:これはブラックベリーだと思いますが、ノバラのような花が咲いています。
 

富広美術館

2010-05-29 | 旅の風物
北関東に流れる渡良瀬川沿いに星野富広美術館がある。以前2005.7/28にも訪れブログアップしています。


群馬県に向う途中、中央道の恵那S.Aで昼食となった。どっさりとある蕎麦は、日ごろの物と違う感触でしたね。
 





富広美術館は、作品の撮影を禁止している。地元の国民宿舎「サンレイク草木」で額にかかっている絵で紹介します。

星野富広は体育の先生でしたが、若くして頚椎の損傷のために首から下が動かなくなりました。大変な苦しみの中で、絵を書くことに生き甲斐を見つけました。心のつぶやきを表現し、見るものに感動を与えています。






 







短い言葉だけれども、2回3回と読んでしまいますね。


雪の世界でした。

2010-05-28 | 呟き
この風景は海抜2300mの世界でした。新穂高のロープウエイの山上駅でした。朝快晴だったのが、信州に入って、雲が湧いて来ました。
来る度に、荒れていた川が整備されていきます。ここは文字通り人が自然界をなだめ透かしているようです。

日光裏街道

2010-05-27 | 呟き
久し振りに車の遠乗りに出て来ました。全国に広がった高速道路網は益々旅の魅力を倍増します。
電車汽車の旅もいいのですが、旅から来る疲労感が生きているという実感が湧くような気がします。
写真は昨日、雨に煙る渡良瀬川流域の植生です。かつて、この川の源流域に起こった銅山の悲劇は忘れてはならない出来事でしょう。回復への活動は続けられていますが、自然界は更に大きいようですね。

祇園界隈

2010-05-26 | 旅の風物
東山から下ってきて、祇園界隈を歩いて見ます。

4月のこととて、ここ花見小路は、都踊りの賑わいを見せます。太陽の影が短いですね。




簾のかかる二階から、夜ともなると三味線の音色が聞こえようかという横小路です。後ろの山は東山です。





舞妓さんの住み込みの事務所?置屋ですね。ここは7人の舞妓さんを抱えています。




延命地蔵菩薩が祀られている。街中のお地蔵さんですね。地蔵盆で存在感を示します。




棟の上には立ち葵の紋章があります。加茂社の葵の紋に縁がありそうなお座敷ですね。置屋から舞妓を呼ぶのでしょう。
玄関の上の屋根には魔除けの鐘馗さんが居ます。




夜にはまだ時間が早いですが、いろいろと仕事の打ち合わせ会で忙しいのかもしれません。




家の中央に、更に奥に繋がる路地があります。京都ならではの町の区画でしょうね。奥にも赤い提灯が見えています。


続サル

2010-05-25 | 旅の風物
京都東山、八坂の塔が見える。そして、軒下にはサルのお守りが下がります。



八坂庚申堂の山門がある



その大屋根の頂には、三猿がいる。






見ざる言わざる聞かざる。本堂前の大きな線香立てを支える三猿。






サルのお守りは「くくり猿」と言うらしい販売しています。シールもあります。




左:くくり猿の原型、先端を繋ぎ合わせて造ります。  右:山門前の三猿の線刻画。







プロのカメラマンが活躍します。


サル

2010-05-24 | 旅の風物
 庚申塚です。サルのお守りが軒先に吊るされます。奈良時代に入ってきた道教の考えから続けられています。

 ここのお宮は、三猿の教えの猿と仲良くなって、それはもう信仰というよりも、鄙びた祭事のようになっています。

ここは京都です。




お堂の周囲はサルばかり。




大きさいろいろ。色もいろいろ、奉納されています。願い事も叶うといいですね。




境内はサルだらけ。




京都で舞妓さんに扮してサル参りですね。


蕉門十哲内藤丈艸(じょうそう)

2010-05-23 | 歴史・文化遺産
 義仲寺には、木曽義仲を祀っています。江戸時代の俳人、松尾芭蕉が彼に惚れ込みました。芭蕉は死後、義仲の墓の傍に埋める事を遺言しました。 

 義仲寺のある大津市膳所(ぜぜ)に訪ねました。以前にもアップしましたが、4両編成の京阪電車が、路面電車になって走ります。ダンプカーが来ても負けませんね。




 東海道線膳所駅と京阪膳所駅が隣接しています。松尾芭蕉が愛した義仲寺が右上に、駅の裏側には国道1号線が走ります。

松尾芭蕉の弟子で十哲と言われる門人の一人、内藤丈艸(じょうそう)が、この地で「仏幻庵」を結び、弟子を取り、句会を催していたという。芭蕉もしばしば訪れたと言う。



膳所駅前は、近代化されていない駅前で、芭蕉と義仲を売り出しています。





ところで、JRの料金表です。大阪ー膳所の料金が950円です。


こちらは、チケット屋さんの自動販売機です。うれしいことに大阪ー石山の切符が、580円で買えます。知恵者ですね。



丈艸の開く仏幻庵には、芭蕉がしばしば訪れていたと言います。その地が史跡として、指定文化財になっています。





この10坪ほどの丘の上に、かろうじて史跡が残ったようです。国道1号線とJR東海道線の線路に挟まれ、琵琶湖八景の一つ「粟津の晴嵐」の風景も全く見えなくなっています。ただ、俳人たちがここに遊んだと言う話の遺跡を偲ぶばかりです。



 内藤丈艸は、「猿蓑」の跋文(ばつぶん=あとがき)を書くことを芭蕉に認められている。「猿蓑」にある「幻住庵の記」は芭蕉が、ここ石山近辺に滞在した時の俳文が述べられています。
 水底を 見て来た顔の 小鴨かな   丈艸
 うづくまる 薬缶の下の 寒さかな   丈艸
2句目は芭蕉の病床にあって、看病に当たりながら詠んだものである。
 煎じ薬が薬缶でしんしんと煮えているそばで、冬の夜寒に明日をも知れない師をじっと見つめていると、寒さまでが心に迫ってくると感じた、丈艸の姿が浮かび上がります。
芭蕉に「丈艸できたり」とほめられたと言います。

車座になって、今も句会をしているようです。



石光山石山寺

2010-05-22 | 歴史・文化遺産
 西国札所33番霊場巡りの第十三番札所です。天平宝字5年(761)には増改築したと言う記録があるそうです。

この仁王さん、少しあごが長くてユーモラスです。




こんな所にも三十八社大明神が祀られていた。祭神はイザナギ・イザナミほかで、子授けの神様です。38人の子を作った母が「食べ物にも苦労したが、とりわけ衣服に困った」と言ったそうです。参詣する人は、子どもの衣服とかぬいぐるみなどを奉納します。




桜の名所は、いま、サクランボが赤い。




紫式部が。ここで源氏物語を執筆したという部屋が、源氏の間になっています。




裏山は、春の花が終わり、ベニウツギが満開でした。






境内の裏山の逍遥路に、紫式部の彫像があった。右は紫式部が月を愛でたと言う月見台です。
 



境内の谷間に入ると、滝と泉水のある無憂園という名の付く庭園です。



鳥の声しか聞こえない参詣道で、水の音が響きます。




石山寺と言えば、琵琶湖の水の流出する瀬田川名物、シジミの釜飯。