
冷たい雨。
深夜の帰り道。
寒空の中に車を走らせる。
仕事でのミス。
今夜は繁華街を避けたい気分。
わざと市街地を遠回りする。
街灯すらない真夜中の郊外の道。
運転には楽だが、少し怖い。
ここのところ、車通勤を始めてから少し変だ。
高校時代に通い慣れた道。
大学時代に通い詰めた店。
不思議と引き寄せられる。
想い出はバラバラの景色の中にあるのに、
全てが映画のように繋がる道。
記憶は断片のように、この胸の中に今でもある。
懐かしい音楽。
呼び覚まされる官能。
それらが、道という空間で繋がってゆくのだ。
それはまるで、ここ数日のタイムマシン。
名古屋という街。
二十余年という時間。
今夜は、それを避けるかのように車を走らせていく。
・・・はずだった。
やがて山道に入り、雨がみぞれへと変わった。
初めての道。
その突き当たり。
それは、ふいに現れた。
別れてからの彼女が通っていたキャンパス。
自分の知らない彼女が、輝いていたであろう時間を過ごした場所。
そこは、跡形もなく真っ暗だった。
偶然にも、その頃好きだった曲。
偶然にも、あの頃を思い出させる場所で。
道は、数限りない選択の余地がある。
でも時に、そこには真っ直ぐの道はない。
ここは名古屋の郊外。
ここにもまだ、自分のカケラが落ちていた。
自分はそれをまた、拾い集めようというのか。
仕方なく、右折。
仕方なく。
振り切りように車を走らせる。
振り切るように。
雪?
車の外気温は3度なのに、
フロントガラスをたたくのは雪みたいだ。
大粒の水滴が、さらに視界を滲ませる。
再び明るい街に出て、交差点。
見覚えのある風景。
今度は、自分が通っていたキャンパスへの道だった。
信号が青になり、横切る。
横切る。
決して曲がったりはしないと思う。
今夜は、こんなはずじゃ、
なかったのに。
繋がらないはずのふたつの道が、
今夜また、自分の目の前に現れてしまった。
失敗だ。
今夜もまた。
こんな気持ちは失敗だ。
10年以上離れていた故郷。
少しずつぼやけて、少しずつ忘れて。
ひとつひとつは宝物なのに、
それはいつしか繋がってはいけない世界だった。
自分の中で。
時間も、空間も。
ここで過ごした全ては、
きっと自分の中で一番の脆い部分なのだろう。
フロントガラスがぼやける。
それは、雪のせいだけだったのか。
とことん南下。
23号線に出るまで、そう決めていた。
やがてみぞれは雨になり、そして止んだ。
ワイパーすら止めることを忘れて、
私は、汗ばみながらハンドルを握っていた。
何かに取り憑かれたように。
頭の中で、何かを昇華させるかのように。
23号線に出た。
右折。
そこで初めて我に返る。
意図をせず、そこは新入社員の頃の思い出の地だった。
車通りは少なく、視界良好。
加速する。
飛ばす。
やがて、ここ5年間に通い慣れた通りに出て、
私はさらに車を加速させた。
不思議にも、ここの路面には全く濡れた形跡がない。
ほんの数十分の出来事。
タイムマシン。
故郷の街。
二十余年という時間。
そこにはまだ、
自分が忘れていた数限りないカケラが落ちているのだろう。
すべては、時間で繋がっている。
すべては、道で繋がっている。
そして、今の自分に繋がっている。
加速せよ。
止まってはいけない。
自分の中で、誰かがそう言い続けてくれている気がした。