なぜか今晩、久しぶりに車で刈谷の街を通ることになった。
かつては毎日のように訪れていた街並み。
しかし15年近く過ぎた今となっては、通りの風景もすっかりと様変わりしてしまっていた。
ただ記憶を辿ると、よく通ったはずの交差点を思い出したり、昔ながらの店などもチラホラ見かけて思わずスピードを緩めて見入ってしまったりした。
その時懐かしさからか、ふと通いつめていた店のことを思い出した。
新入社員の頃、毎晩のように夜中まで仲間と時間を潰していたプールバー。
名前は「WEST CLUB」。
以前ここでも少し紹介したような覚えがある。
アメリカンスタイルの店で、最後の客がいなくなるまで閉店しないという今では考えられないバブリーな香りのするお洒落な店だった。
台も数も多く、10台以上あったような記憶がある。
各々仕事を終えると、そこが集合場所。
その頃乗っていたスーパーチャージャー装備のレビンを、いつもバーのカウンターから見えるところに停めて何か得意気な気分に浸っていた。
若かったのである。
そんな店で毎晩のように数人の仲間と真夜中までキューを握っいた。
ビリヤードは男女のハンデなく楽しめるところがまた良い。
ゲームに熱中してくると、最後の客になることも少なくなかった。
時には、店付きのプロにような人間のプレーをすぐ間近で心酔して見ることもできた。
カウンターで酒を飲むことはなかったが、オーダーすれば台まで軽食やドリンクを持ってきてくれるので、真夜中まで心置きなく十分に楽しめた。
店にはいつも店を任されているのであろうバーテンダーの男性が一人いて、さらに料理やドリンクを台までもってきてくれるウエイトレスの女性が日替わりで必ず一人いた。
そのユニフォームがまた、まるでメイド服のようなコスチュームで若い自分達を魅了した。
メイド服と言ってもシンプルなデザインのブラウスと、くるぶしまで隠れるようなロングのスカートで、マニアが喜ぶようなそれではない。
まだその後のメイドブームなどからは、はるか前の時代の話だ。
そんなウエイトレスの中に、彼女はいた。
名前は・・・、名前は・・・。
悔しいが、・・・忘れてしまった。
その頃は数段大人びて見えたが、実際の年齢は定かではない。
ただ綺麗なロングヘアーで、場の雰囲気や30代のバーテンダーなどと親しそうだったせいか、自分たちにとっては高嶺の花のように思えた。
今だから言えるが、胸のふくらみがたまらなく魅力的でブラウスの上からみると余計に若い心をそそられた。
それでいてその彼女、ウエイトレスの中では一番大人しく口数も少ないミステリアスな感じで、それがまたたまらなく魅力的だった。
ただ誰もあの当時、彼女の話だけはしなかった。
なぜだろう。
居酒屋の女性ならば気安く話せるのに、なぜあの時は皆んなあんなに気取っていたのか。
今さらながら、そう思う。
毎晩のように通っているのだから、当然少しずつ他のウエイトレスとも親しくなる。
でも最後まで彼女だけは仲間内の誰とも、ひとことふたこと事務的な接客文句を交わすだけだったように覚えている。
でも名前は・・・聞いたはずなのに。
ただ今考えると、彼女もそんなに特別な女性ではなかったのかも知れないと思ったりする。
記憶を辿って思い出して見れば、その後見てきた数多くの女性に比べるとずいぶん子供っぽい顔だったような気もする。
もしかしたらアルバイトの高校生だって言われても、今なら信じてしまうだろう。
ただ喋らなかったのは、幼くてシャイだっただけなのかも知れない。
そうだとしても・・・・・。
あの当時は、そんな風に見えていたのだ。
それはそれで、いいのだと思う。
高嶺の花でありがとう、と言いたい。
誰もかれもみな、気取っていた。
若かったのである。
残念ながら「WEST CLUB」は、もうそこには無かった。
寂しい思いも過ぎったが、でも少し安心もした。
不思議な感覚。
そこにボロボロになった店があって、そこに歳を重ねた彼女がいたら、自分はどう感じたのだろう。
そんなありえないことを考えていた。
真っ暗なその場所に、あの頃のままの店の明るさを思い出す。
ピカピカで新しくお洒落な店内には、あの頃の自分達が見えた。
そこにはキューを構える自分がいて、
・・・・・・・そばには冷やかす仲間がいて、
・・・・・・・・・・彼女はいつものようにドリンクを運んでいる。
そんな風景が・・・・・見えたような気がした。
なぜか少し涙が出た。
そんな時代もあったのだ。
いつか知らないうちにそれは途切れて・・・。
それでもまた自分は、ノコノコそこに帰ってきてしまったのだ。
失敗だ。
しまってあったものが、どんどん溢れてきてしまう。
失敗だ。
また丁寧に、しまい直さなければ。
大府から名四国道まで抜ける道は、まるでタイムマシンの通り道のような不思議な空間だった。
懐かしさと、だんだん新しい記憶の景色になっていく感覚。
それは今までにも感じたことのないような、宙ぶらりんの時間の中にいるような錯覚に陥っていた。
途中、大府の「きょうわ飯店」を見つけてピットイン。
こちらもずいぶん久しぶりだ。
ただ嬉しいことに、味はあの頃のままだった。
やがて名四の有松インターまで行き着くと、まぎれもなく全てが現在。
ここを突っ切れば、最近でもよく通る中京競馬場への道だ。
それにしても、刈谷からの道を通るのは何年ぶりだったろう。
もしかしたらきっと、またいつかこの道を辿って、あの日に還りたくなる日もあるのかも知れない。
そんな風に思えた。