えびす顔の造花卸売問屋元社長からの手紙

かすかな希望を抱いて幸せを自慢する尊大な手紙。重複掲載御免。造花仏花の造花輸入卸売問屋ニューホンコン造花提供

もう使わない

2009年02月27日 23時34分37秒 | ドンキホーテ
 「ヒロシマ・ナガサキ 八月のあの日」を読んでいて15年ほど前のエピソードを思い出しました。

 近くに住むアメリカ人に英会話を教えてもらっていた。会話のテーマはその時々によってさまざま、時には政治的な話もする。

 ある時広島、長崎の原爆が話題になった。「あの戦況で本当に二つもの原爆投下が必要だったのか」と問う私に、彼は「日本で地上戦になったらアメリカ軍の被害は甚大だった。それを避けるにはどうしても必要だった。正当だった」と譲らない。

 私は、「じゃ、もしまた同じ状況になった時、アメリカはまた原爆を使うのか」と問うた。
 彼はしばし考え、「NO」と搾り出した後、黙り込んだ。

 私は議論に勝ったと思った。

 しかし、15年もたった今振り返ると、なんと不毛な会話だったことかと思います。原爆をネタにアメリカ人に勝ったと思ったこと自体がおかしい。そして、彼は原爆があってはならないことに少しは気づいくれたでしょうが、それ以上に私つまりは日本人に対する悪感情を持ったんじゃないでしょうか。

 彼もそうですが、今生きている人のほとんどの方は二度と原爆は使ってはならないと考えていると思います。だのに無くならない。
 今、再び彼、アメリカ人とその会話をするのであれば、15年前より少しはましな価値のある会話をします。原爆をなくすために。
コメント
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