山上の垂訓(続き)。イエス使徒の働きの貴き特色を強調す!!
解説の前に、本ブログには可愛い熱心な読者がいる。中学生LIVESTRONG君だ。前にも掲載したが、良くケムトレイルの写真を送付してくれる。コメント氏から、最近はもっぱら、メール氏になった。
その送付写真を掲載したい。都立高校に合格したようだ。4月からは高校生だ。オメデトウ!
<記事に無関係:これが年末から年始にかけて、全国的に多発した。そしたら鳥インフル等・・・だ?!。>
『山上の垂訓』の続き・・・・・・・・・。
言うまでもないことだが、聖書の中でも『山上の垂訓』は、最も格調の高い福音であろう。少なくとも投稿者はそう感じている。言葉ではない。内容に於いてである。しかし、目標には出来ても、実践するには簡単ではない。
本書の『山上の垂訓』と聖書は、少し違う。内容と格調は同じでも、ずっと分かり易い。だから、頑固な聖書派はこれを異端というかも知れないが、投稿者はそうは思わない。『論語読みの論語知らず』は、世の中に多い。『聖書読みの聖書知らず』もいないとは限らない。
『山上の垂訓』は、福音の中でもレベルが高いことは確かだ。レベルというの魂のレベルである。本稿でも書いているように、十二使徒に対する働きを明らかにする目的であろう。凡愚にとっては、レベルが高いと云うべきだろう。
しかし、目指すところは同じ方向性だ。
『汝の敵を愛せよ!』等とは、言えても実践するのは難しい。それと同じである。
しかし、誰であれ、魂の最奥には同じ光が宿っている。だから、共感する。やがて、磨かれた原石は、同じ光が放つようになるはずだからだ。その意味で、魂の耳で、目で読む価値があるのは、なんと言っても『山上の垂訓』ではあるまいか。
山上の垂訓(続き)。イエス八つの祝福と八つの災難を宣言す。奨励の言葉を語る。使徒の働きの貴き特色を強調す。
イエスは十二弟子と共に、山の頂に登って言った、
「会堂の十二柱、キリストの使徒よ、生命(いのち)の光を運ぶ者、人々に対する神の使者よ、やがてあなたがたは独りで出ていって、先ずユダヤ人に、次ぎに全世界に、王の福音を伝えねばならぬ。
また、縄の鞭で人を追いやってはならぬ。無理に人を王に押しやることは出来ない。しかし、あなたがたは愛と援助(たすけ)をもって行き、正義と光に行く道を案内し、行って神の国が近づいたことを告げるがよい。
霊の力ある人々は立派である。天国は彼らのものである。
柔和な人々は立派である。彼らは地を嗣(つ)ぐであろう。
義に飢え渇く人々は立派である。彼らは満足させられよう。
あわれみ深い人々は立派である。あわれみが彼らに示されるであろう。
自我に打ち勝つ人々は立派である。彼らは力の鍵を持っている。
心の清い人々は立派である。彼らは王にまみゆるであろう。
正しいことをなすためにそしられ苦しめられる人は立派である。彼らはその迫害者を祝するであろう。
信頼すべき信仰の子は立派である。彼らは権力の座にすわるであろう。
世があなたがたを責め呪(のろ)われる者と言う時に失望してはならぬ、却つて大いに喜ぶがよい。予言者、先覚者、その他地上すべての善人はそしられた。
もしあなたがたが生命の冠を受ける価値(ねうち)があれば、あなたがたはこの世でそしられ罵(ののし)られ呪われるであろう。悪人たちがその仕業(しわざ)からあなたがたを追い払い、あなたがたの名をののしり、町の笑いものにする時は喜ぶがよい。
喜べとわたしは言う。しかし、悪をなす人々にはめぐみを施すがよい。彼らは単にたわむれている子供たちに過ぎない。自分のすることが分からない。
倒れた人々を見てうれしがってはならない。あなたがたが人々を罪の深みから助け上げるように、神はあなたがたを一段高いところに上げて下さるだろう。
黄金と土地を持つ富める人たちはわざわいである。彼らには色々な誘惑がある。
意のままに快楽の道を歩む者はわざわいである。その道はわなと危険なおとしあなで一杯である。
たかぶる人々はわざわいである。彼らは断岸に立っている。破滅が彼らを待ちかまえている。
むさぼる人々はわざわいである。その持ちものは自分のものでない。見よ、ほかの人が来て、自分の富は無くなるだろう。
偽善者はわざわいである。その姿は見ては美わしいが、心は死骸と死人の骨で一杯である。
残酷な仮借(かしゃく)のない人々はわざわいである。彼らは自分で自分の行為の犠牲となる。
人に対して行うであろう悪事ははねかえって来て、苦しめた自分が苦しめられる。
弱き者の徳を餌食(えじき)とする放蕩者はわざわいである、自分が弱くなった時、もっと強い放蕩者の餌食となるであろう。
世がこぞってあなたがたを讃(ほ)める時はわざわいである。世は聖気のなかに生きている人々を讃めない。詐(いつわ)りの予言者と卑しい妄想を讃める。
聖気によりて歩む人々は、世の塩である。しかしもしあなたがたがききめがないなら、名ばかりの塩で、塵と同様で何の価値(ねうち)もない。
あなたがたは光である。世を照らすために召された者である。
山上の町はかくされない。その光は遠方から見える。そして、あなたがたが生命(いのち)の山に立つ間、人々はあなたがたの光を見、あなたがたの行動をまねて神をあがめる。
人々はランプをともして、これを樽のなかにいれておかない。台の上において、家のなかを照らすようにする。あなたがたは神のランプである。この世の幻想の影に立ってはならない。台の上にあって、開けはなたれた高いところにおかれていなければならない。
わたしは律法(おきて)をむだにしたりこぼつためにきたのではない。これを完成するために来た。律法、予言者、詩篇は聖気の智恵によって記されたから、決してすたれることはない。
今の天と地とは変わって過ぎ去るであろうが、神の言葉は確かである。それは送られた場所で成就されるまでは過ぎ去ることは出来ない。
誰でも神の律法(おきて)を軽んじ、同じようなことをするように人々に教える者は、神に対する負債者となり、生命の犠牲によって、その負債を払うまでは、神の顔を見ることは出来ない。
しかし、神の言葉を聴き、その律法を守り、地上にその意志を行う者はキリストと共に世を支配するであろう。
律法学者とパリサイ人は律法(おきて)の文字に注意し、律法の精神を知ることが出来ない。もしあなたがたの正しいことが、律法学者やパリサイ人が正しい以上でなければ、魂の王国に入ることが出来ない。
文を通過する権利を与えるものは人の行為でない。その合い言葉は人格であり、その望みは人格である。律法(おきて)の文字は人の行為を取り扱い、律法の精神はその人の望みに気をつける。
【宝瓶宮福音書:栗原 基訳】
第十六部 イエスのキリスト者奉仕の二年目
第九十五章 山上の垂訓(続き)。イエス八つの祝福と八つの災難を宣言す。奨励の言葉を語る。使徒の働きの貴き特色を強調す。
1)イエスは十二弟子と共に、山の頂に登って言った、
2)「会堂の十二柱、キリストの使徒よ、生命(いのち)の光を運ぶ者、人々に対する神の使者よ、
3)やがてあなたがたは独りで出ていって、先ずユダヤ人に、次ぎに全世界に、王の福音を伝えねばならぬ。
4)また、縄の鞭で人を追いやってはならぬ。無理に人を王に押しやることは出来ない。
5)しかし、あなたがたは愛と援助(たすけ)をもって行き、正義と光に行く道を案内し、
6)行って神の国が近づいたことを告げるがよい。
7)霊の力ある人々は立派である。天国は彼らのものである。
8)柔和な人々は立派である。彼らは地を嗣(つ)ぐであろう。
9)義に飢え渇く人々は立派である。彼らは満足させられよう。
10)あわれみ深い人々は立派である。あわれみが彼らに示されるであろう。
11)自我に打ち勝つ人々は立派である。彼らは力の鍵を持っている。
12)心の清い人々は立派である。彼らは王にまみゆるであろう。
13)正しいことをなすためにそしられ苦しめられる人は立派である。彼らはその迫害者を祝するであろう。
14)信頼すべき信仰の子は立派である。彼らは権力の座にすわるであろう。
15)世があなたがたを責め呪(のろ)われる者と言う時に失望してはならぬ、却つて大いに喜ぶがよい。
16)予言者、先覚者、その他地上すべての善人はそしられた。
17)もしあなたがたが生命の冠を受ける価値(ねうち)があれば、あなたがたはこの世でそしられ罵(ののし)られ呪われるであろう。
18)悪人たちがその仕業(しわざ)からあなたがたを追い払い、あなたがたの名をののしり、町の笑いものにする時は喜ぶがよい。
19)喜べとわたしは言う。しかし、悪をなす人々にはめぐみを施すがよい。彼らは単にたわむれている子供たちに過ぎない。自分のすることが分からない。
20)倒れた人々を見てうれしがってはならない。あなたがたが人々を罪の深みから助け上げるように、神はあなたがたを一段高いところに上げて下さるだろう。
21)黄金と土地を持つ富める人たちはわざわいである。彼らには色々な誘惑がある。
22)意のままに快楽の道を歩む者はわざわいである。その道はわなと危険なおとしあなで一杯である。
23)たかぶる人々はわざわいである。彼らは断岸に立っている。破滅が彼らを待ちかまえている。
24)むさぼる人々はわざわいである。その持ちものは自分のものでない。見よ、ほかの人が来て、自分の富は無くなるだろう。
25)偽善者はわざわいである。その姿は見ては美わしいが、心は死骸と死人の骨で一杯である。
26)残酷な仮借(かしゃく)のない人々はわざわいである。彼らは自分で自分の行為の犠牲となる。
27)人に対して行うであろう悪事ははねかえって来て、苦しめた自分が苦しめられる。
28)弱き者の徳を餌食(えじき)とする放蕩者はわざわいである、自分が弱くなった時、もっと強い放蕩者の餌食となるであろう。
29)世がこぞってあなたがたを讃(ほ)める時はわざわいである。世は聖気のなかに生きている人々を讃めない。詐(いつわ)りの予言者と卑しい妄想を讃める。
30)聖気によりて歩む人々は、世の塩である。しかしもしあなたがたがききめがないなら、名ばかりの塩で、塵と同様で何の価値(ねうち)もない。
31)あなたがたは光である。世を照らすために召された者である。
32)山上の町はかくされない。その光は遠方から見える。そして、あなたがたが生命(いのち)の山に立つ間、人々はあなたがたの光を見、あなたがたの行動をまねて神をあがめる。
33)人々はランプをともして、これを樽のなかにいれておかない。台の上において、家のなかを照らすようにする。
34)あなたがたは神のランプである。この世の幻想の影に立ってはならない。台の上にあって、開けはなたれた高いところにおかれていなければならない。
35)わたしは律法(おきて)をむだにしたりこぼつためにきたのではない。これを完成するために来た。
36)律法、予言者、詩篇は聖気の智恵によって記されたから、決してすたれることはない。
37)今の天と地とは変わって過ぎ去るであろうが、神の言葉は確かである。それは送られた場所で成就されるまでは過ぎ去ることは出来ない。
38)誰でも神の律法(おきて)を軽んじ、同じようなことをするように人々に教える者は、神に対する負債者となり、生命の犠牲によって、その負債を払うまでは、神の顔を見ることは出来ない。
39)しかし、神の言葉を聴き、その律法を守り、地上にその意志を行う者はキリストと共に世を支配するであろう。
40)律法学者とパリサイ人は律法(おきて)の文字に注意し、律法の精神を知ることが出来ない。
41)もしあなたがたの正しいことが、律法学者やパリサイ人が正しい以上でなければ、魂の王国に入ることが出来ない。
42)文を通過する権利を与えるものは人の行為でない。その合い言葉は人格であり、その望みは人格である。
43)律法(おきて)の文字は人の行為を取り扱い、律法の精神はその人の望みに気をつける。
【原文:The Aquarian Gospel of Jesus by Levi H. Dowling 】
SECTION XVI
AIN
The Second Annual Epoch of the Christine Ministry of Jesus
CHAPTER 95
The Sermon on the Mount,
continued. Jesus pronounces the eight
beatitudes and the eight woes.
Speaks words of encouragement. Emphasizes the exalted character of the apostolic work.
AND Jesus
and the twelve went to the mountain top, and Jesus said,
2) Twelve pillars of the church, apostles of the
Christ; light-bearers of the sun of life and ministers of God to men:
3) In just a little while you must go forth alone, and preach the gospel of the
king, first to the Jews and then to all the world.
4) And you shall go, not with a scourge of cords to drive; you cannot drive men
to the king;
5) But you shall go in love and helpfulness and lead the way to right and
light.
6) Go forth and say, The kingdom is at hand.
7) Worthy are the strong in spirit; theirs the kingdom is.
8) Worthy are the meek; they shall possess the land.
9) Worthy they who hunger and who thirst for right; they shall be satisfied.
10) Worthy are the merciful; and mercy shall be shown to them.
11) Worthy they who gain the mastery of self; they have the key of power.
12) Worthy are the pure in heart; and they shall see the king.
13) Worthy they who are maligned and wronged because they do the right; their
persecutors they shall bless.
14) Worthy is the trustful child of faith; he shall sit in the throne of power.
15) Be not discouraged when the world shall persecute and call you crust; but
rather be exceeding glad.
16) The prophets and the seers, and all the good of earth, have been maligned.
17) If you are worthy of the crown of life you will be slandered, vilified and
crust on earth.
18) Rejoice when evil men shall drive you from their ways and cause your name
to be a hiss and by-word in the street.
19) I say, rejoice; but deal in mercy with the doers of the wrong; they are but
children at their play; they know not what they do.
20) Rejoice not over fallen foes. As you help men rise from the depth of sin,
so God will help you on to greater heights.
21) Woe to the rich is gold and lands; they have temptations multiform.
22) Woe unto men who walk at will in pleasure's paths; their ways are full of
snares and dangerous pits.
23) Woe to the proud; they stand upon a precipice; destruction waits for them.
24) Woe to the man of greed; for what he has is not his own; and lo, another
comes; his wealth is gone.
25) Woe to the hypocrite; his form is fair to look upon; his heart is filled
with carcasses and dead men's bones.
26) Woe to the cruel and relentless man; he is himself the victim of his deeds.
27) The evil he would do to other men rebounds; the scourger is the scourged.
28) Woe to the libertine who preys upon the virtues of the weak. The hour comes
when he will be the weak, the victim of a libertine of greater power.
29) Woe unto you when all the world shall speak in praise of you. The world
speaks not in praise of men who live within the Holy Breath; It speaks in
praise of prophets false, and of illusions base.
30) You men who walk in Holy Breath are salt, the salt of earth; but if you
lose your virtue you are salt in name alone, worth nothing more than dust.
31) And you are light; are called to light the world.
32) A city on a hill cannot be hid; its lights are seen afar; and while you
stand upon the hills of life men see your light and imitate your works and
honor God.
33) Men do not light a lamp and hide it in a cask; they put it on a stand that
it may light the house.
34) You are the lamps of God; must not stand in the shade of earth illusions,
but in the open, high upon the stand.
35) I am not come to nullify the law, nor to destroy; but to fulfil.
36) The Law, the Prophets and the Psalms were written in the wisdom of the Holy
breath and cannot fail.
37) The heavens and earth that are will change and pass away; the word of God
is sure; it cannot pass until it shall accomplish that where-unto it hath been
sent.
38) Whoever disregards the law of God and teaches men to do the same, becomes a
debtor unto God and cannot see his face until he has returned and paid his debt
by sacrifice of life.
39) But he who hearkens unto God and keeps his law and does his will on earth,
shall rule with Christ.
40) The scribes and Pharisees regard the letter of the law; they cannot
comprehend the spirit of the law;
41) And if your righteousness does not exceed the righteousness of scribe and
Pharisee you cannot come into the kingdom of the soul.
42) It is not what man does that gives him right to enter through the gates;
his pass word is his character and his desire is his character.
43) The letter of the law deals with the acts of man; the spirit of the law
takes note of his desires.
【続く】