オクトシティー正直村

おかしいな?変だな?と思った事を綴った駄文

「少しでも命の助かる可能性のある行動をとってください」の不思議

2021年07月10日 | Weblog
これを聞いて何かおかしいと思いませんか。

 あまりにも国民を突き放したような言い方だと思います。このような言い方はここのところいつも聞かれるようになりました。台風にしても地震にしても水害にしても崖崩れにしても盛んにテレビやラジオ から流れてきます。国や地方自治体は ただ単に警報や避難指示・命令を出すだけで具体的な対策をしようとはしません。国民一人一人に自己責任で自分で判断して決心して行動をとること要請しています。

国民にとってその場にあって 最も必要なことは国や自治体がどのような情報を提供しどのような対策をしてくれるのかということです。

 一方的に「少しでも命の助かる可能性のある行動をとってください」と言われても困ってしまいます。国や地方自治体の対策は尽きてあとは自分でやってくださいと最後通告を受けているようなものです。本当に国や自治体は何もなすことがないのでしょうか、少しでも命の助かる可能性のある対策はないのでしょうか、何かあると思います。それを考えるのが国や自治体の仕事だと思います。

それを日頃から準備しておくのが国や自治体の仕事だと思います。

 そして少しでも命の助かる可能性のある対策について国民に知らしめるのが国や自治体の仕事だと思います。その部分がすっぽりと抜けてるような気がします。それがまかり通ってるのも何かおかしいような気がします。国民もそれで納得しているのが合点がいきません。本当に納得しているのでしょうか?諦めているのでしょうか?期待していないのでしょうか?何もなくて最後通告だけでは悲しい限りです。

コロナ対策も同じです。

 コロナウイルス蔓延防止の対策についてもっと具体的な方策があるはずです。ただ単に緊急事態宣言などを出すか出さないかの問題ではないと思います。アルコールの提供をどうするか、休業補償をどうするか、 オリンピックの開催をどうするか、各種イベントの開催をどうするか、 都市の人流をどうするかだけの問題ではないと思います。コロナウイルスそのものをどのように封じ込めて行くのか、市中に出回っているコロナウイルス感染源となっている人達を いかにして見つけ出して必要な処置を講じるのかこれが本来の現実的具体的な実行すべき対策だと思います。

その対策をおろそかにして国民に対して要請とお願いだけで済ませようとするのはおかしい気がします。

 要請とお願いはお金はかかりませんが強制すると保障のためにお金がかかります。そのためにお金のかからない要請とお願いばかりしているのは見ていて恥ずかしいです。国や地方自治体の無策による損失を国民に押し付けてるような気がします。必要であればお金がかかっても強制力を持って厳格にコロナ対策をやるべきだと思います。何を強制力を持って徹底的に規制し制限すれば コロナウイルスを封じ込めることができるのか考えるべきだと思います。

要請とお願いだけで は 徹底することは難しいし 防疫の観点からしても抜け穴だらけです。

 いっそのこと国民に10万円ずつ渡して、このお金で2週間(言葉は悪いですが)「戒厳令」を日本全国に発令したら コロナウイルスも一掃できるかと思います。一方的に戒厳令を発令するのは民主的ではないかもしれないけれども、対価を払って戒厳令を実施することはできないことではないと思います。安倍元首相が国民に対する経済支援対策として10万円を交付したのは一体何なんだったんでしょう。

この10万円を対価に外出禁止令を出せばコロナウイルスはもっと効果的に対策できたのではないかと思います。

 どんな人でも10万円で外出禁止令の準備をして2週間家にこもっていることは可能だったと思います。あの10万円はほとんどが借金返済と生活費と貯金になっただけで何もコロナ対策にはなっていません。当然、最低限のインフラを確保するための活動は許可されますが、それも厳格に統制する必要があり、その善し悪しが結果に影響します。中途半端はダメなんです。そうすればこの10万円は意味のあるものになったのではないかと思います。

オリンピックの開催も同じです。

 何の対策もなくずるずるとなるようにしかならない対策を重ねて今の状況になっています。そして最終的なツケは日本国民に回されてしまいます。ツケは国家予算的なものだけではありません。国民の経済活動の損失も大部分は国民に負わされてます。どちらかと言うとこちらの負担の方が大きいのではないかと思います。経済活動の損失は国家予算規模に膨らんでいます。結果論で仕方がないと言えばそれまでですが、途中段階の評価として、どう考えても合格点を与えられるものではないし、正直に言えば赤点の落第だと思わざるを得ません。
まだ遅くはないので、これからをどうするか、赤点を少しでも挽回する努力を期待するものです。

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