オクトシティー正直村

おかしいな?変だな?と思った事を綴った駄文

少年刑事罰の対象年齢引き下げ効果疑問

2007年09月30日 | Weblog

少年刑事罰の対象年齢が引き下げられた。

 理由は、少年による犯罪の多発しかも大人顔負けの残虐な事件の多発であり、これに対処するために少年法の改正が実施された。また、諸外国(特にアメリカ)の例を引いて対象年齢引き下げの提案がなされた。そして、つい最近、少年院に収容できる年齢を12才に引き下げようとしている。法律の専門家ではないので、引き下げの是非について議論できる立場ではないが、例のごとく、法律談義は別にして素人(親)としての意見を述べたい。

まず、対象年齢引き下げの経緯である。

 少年犯罪の多発だけを理由に、安易に対象年齢の引き下げで済ませようとする考えには同調できない。刑事罰の対象年齢を16歳以上から14歳以上に、少年法そのものの対象年齢を20歳未満から18歳未満にするという検討案が出ていたが、両方の数字を比べても、「とりあえずふたつ下げておくか」くらいの安易な考えしか伝わってこなかった。

第一、

 現行の対象年齢の制定理由、考え方、法律的意義なども素人にはよくわからない。16歳は高校1年生、20歳は成人の年齢である。一応義務教育を終えた少年は自己の責任を取れる人格が形成されていると考え、20歳以上を成人としたため、それ未満を少年として定義しているのであろうか。これを例えばふたつずつ引き下げてどんな意味づけができるのであろうか。「とりあえずやってみて問題がなければこれに決めましょう」では専門家が考えることとは思えない。

法律論議であれば原理原則をはっきりさせなければならない。

 なぜ14歳であり、18歳なのか、14歳、18歳にすることにより、どのような効果を得ようとしているのか、14歳、18歳にする必要性は、またその影響は、など明確にすべきことはたくさんある。「これこれこういう理由で「14歳以上」または「18歳未満」でなければならない、よって「14歳以上」または「18歳未満」とする。」と誰もが納得できる形で結論を示して改正すべきである。その結論が全員の賛成を得ることができないにしても、考え方をしっかりと示せば、その結論に対する問題点も把握できるし対策も容易となり、実行段階では円滑に機能するであろう。反対に、全員が賛成できる結論は多分ないであろう。

たぶん、

 対象年齢を引き下げれば少年犯罪が減少するだろうという、安易な考えでは法律だけが一人歩きし対策もままならない。諸外国がどうであろうが参考にこそなれ決定理由にはならない。日本は日本であり、日本の事情に合わせて独自に検討し独自の考えで独自に決定しなければならない。そうして、日本の考え方をたとえ屁理屈であってもしっかりと説明でき、諸外国にも堂々と説明できる必要がある。

まず、その当事者の「少年」の立場で考えると、

 過去の少年犯罪が果たして少年法の不備が原因で起こっているのであろうか。「俺は少年だから犯罪を起こしても刑罰は軽くて済む、だからいまのうちにやろう」と故意に思って犯罪を犯す者がどれほどいるのだろうか。多くの少年は、人格未形成で不安定で判断力に欠け、感情的に突っ走った結果として犯罪を起こしているのではないか。犯罪を起こした後の刑罰を計算に入れるような結果を見通せる冷静な判断力があればあれほど過激な犯罪には発展しないはずである。刑事罰対象年齢の引き下げによる犯罪の抑止効果はそれほど期待できそうにない。

また、刑事罰対象年齢の引き下げにより少年の自立を促すことができるかというと、

 これも期待できない。少年犯罪が増加しているのは、自立できない少年が増加していることでもある。これを一方的に法律改正だけで矯正しようとしても無理がある。少年犯罪が発生した後の警察なり裁判所なりの取扱において現行法では問題があるというのであれば、対象年齢引き下げでなく不明確な責任分担や権限や処理手続きを改正すべきであろう。

次に、少年を保護する「親」の立場で考えると、

 これまでは、自分の子供が少年法で社会から保護されており、万一、自分の子供が犯罪を犯したら、やり直しの機会が子供に与えられていたが、これからは14歳以上は刑事罰を受けることになり、18歳未満しか少年法の保護を受けれなくなる。その分、親の責任・権限の及ぶ範囲が失われることになる。第3者から見ると「少年」を保護すべき親の責任・権限を放棄していることになる。親の保護能力を信用せず、警察または裁判所の手に委ねることでもある。

少年犯罪に関わる保護者の責任をより明確にし、

 犯罪の動機、原因、社会的背景、責任などをはっきりさせ、その教訓に基づき各種の有効な対策を施すことは重要であるが、それが短絡的に対象年齢引き下げとはつながりそうにない。その前に、どこに問題点があるのか、現行法規のどこを改正すればいいのかを検討せねばならない。

最後に、取り締まる立場から考えると、

 いままで少年法で守られていた「犯罪者」を白日の下で裁き罰することができることになる。しかし、秩序を維持するために取り締まるべき対象は少年法で守られた「犯罪者」ではないはずである。あくまで、教育的な意味での「罰」としての効果しかなく、犯罪の温床が排除されるわけでもない。教育的効果はあろうが直接的な取り締まり効果は期待できない。しかも、対象年齢を引き下げ成人と同じ扱いをすることが教育効果の向上とはつながりそうもない。教育的な罰を与えるにはどうしたらいいかという別な観点からの検討となろう。

少年法の刑事罰とは反対に、

 青少年保護のための法律が不備なため、各自治体毎に青少年保護条例が制定されている。これは、単に「青少年を保護する」という目的だけに制定されている感があり、青少年を悪の手が及ばないように隔離し、悪の手が及んだ場合の取り締まりを正当化し、疑わしきも含め有無も言わさず罰するものとなっている。極端に言うと青少年には(特に深夜)かかわらないほうがいいと思えるほどである。また、各自治体毎条例の中身が異なるのも困ったもので、少年法とあわせ見直すべきであると思う。

結論として、

 少年法の見直しが直ちに少年法刑事罰の対象年齢引き下げとはならない。これで安易に少年犯罪がなくなると考えるのは早計である。もし、対象年齢を引き下げるのであれば、その理由を判りやすく納得できるように説明すべきである。当然、少年犯罪が増加し凶悪化しているからとか諸外国が引き下げているからだけでは説明にならない。日本の実状に合わせて、心理学、統計学、社会学、医学、法学などを駆使した説明になると思うが、最終的な結論はひとつの原則を表現したコンセプトになるであろう。そして、これが日本国民の行動の基準となる概念となるであろう。また、対象年齢引き下げの検討だけでなく、少年の保護育成の観点からの関連法規や教育環境、社会環境の整備などの総合的な見直しも必要である。

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