😃 愛子さまが初めて昭和天皇陵を参拝された折、玉串奉奠をされたのか、お出来にならなかったのか、どちらでしょうか。
私は、愛子さまは玉串奉奠をされたと見ています。
コメント欄で頂きましたコメントが、様々なところで書かれている「愛子さまはできなかった」を上手く集約されているので再掲させて頂きます。
「皇太子ご一家が昭和天皇陵を参拝」の動画は以前、話題になっていました。
この動画ではそのシーンがカットされていますが、愛子さまは玉串奉奠をしていません。神官が代わりにしています。
愛子様の前に立った神官が代わりに玉串を捧げた後、神官本来の位置に戻っています。
その後3人が揃ってお辞儀をしているのです。
神官が代わりに行った場面はどういう訳かどの報道番組でも流れていませんでした。その後ある番組で流れてしまい、それがネット上で拡散されてしまいました。それで愛子様は玉串奉奠ができないということになったのでしょう。
😊 ネットで「愛子様は玉串奉奠をしていない。」と指摘されている動画『皇太子ご一家が昭和天皇陵を参拝』はこちらです。
皇太子ご一家が昭和天皇陵を参拝 愛子さまは初めて(14/07/15)
*0:35あたり、皇太子、雅子さま、愛子さま、3人揃って玉串を身体の前に捧げて拝礼に入られる前のカットでは愛子さまの肘の上あたりに榊の小枝が見えます。続いて三人揃って拝礼。愛子さまが玉串を捧げたまま礼をされています。
*0:45あたり 三人、礼から身体を起こす。続いて向かって左側に居た神官歩き始める。この時玉串案に玉串無し。
*0:47あたり 神官三人の後ろを通りすぎる。この時、玉串案に皇太子と雅子さまの玉串が立てられ、愛子さまの玉串は台の上。
*0:50あたり 右側の定位置に付いた神官、礼。三人、礼。
😇 0:45から0:47の間で映像がカットしてあると、見ます。
カットしてある映像に何が映っていたのか。
左側にいた神官が皇太子御夫妻の玉串を玉串案に立て、愛子さまの玉串を台の上に置く場面があった筈です。
でないと、神官歩き始めた時に空だった玉串案が三人の後ろを通り過ぎる時には玉串が立っている説明がつきません。歩き始めたら玉串がいきなり飛び上がって玉串立てに入った?ありえません。皇太子と雅子さまが自分で立てた?ありえません。天皇皇后皇太子皇太子妃が自分で玉串立てに玉串を立てることはないからです。別の神官がささっと?2秒では無理でしょう。
もう一つ、皇太子ご一家が神武天皇陵に参拝する動画を見てみましょう。
昭和天皇陵ご参拝の2年後です。愛子さまの所作も少しだけ進歩しています。
皇太子ご一家が神武天皇陵に 愛子さまは初の参拝(16/07/21)
0:30 あたり、玉串案に玉串が立っていますので、皇太子御夫妻は既に拝礼を終えられて起立されていることがわかります。
そこへ愛子さまが階を上って来られます。
神官が手早く何かして、礼して下がると、台の上に玉串が置かれています。
(玉串は神官が手渡しする作法と台の上に置く作法とあるようです。ネットに出回っている「昭和天皇陵へ参拝したとき、神主が愛子さまの前に玉串奉奠した。」という話は、神主が愛子さま用に玉串を台の上に置く所作を見誤ったののではないか、と。上の昭和天皇陵初参拝動画にはその場面が無いので推測ですが。)
0:35 愛子さまが軽く一礼して前へ進まれるところで映像は終わっていますが、この後玉串を型どおり捧げられたのでしょう。
😇 昭和天皇陵を参拝された時、親子三人横並びで一斉に拝礼をされていましたが、本来はひとりずつが基本です。しかし、「神社祭式行事作法」に二人以上で拝礼する作法が定められているように、平成の天皇皇后が御夫妻並んで拝礼されている映像も残っていますので、戦後の皇室の作法にも二人以上の作法はあるのでしょう。
昭和天皇陵では親子三人で拝礼された愛子さまも、2年後にはちゃんと一人でできるようになられました。
私は、昭和天皇陵で愛子さまは玉串奉奠されたと見ているのですが、どうでしょうか?
私、けっこう自信もっているのですが、根拠を明らかにした反論は受け付けますのでよろしくお願いいたします。
補足 5月1日
😊 現在は削除されたという動画の「愛子さまが玉串奉奠をされていない」部分をコメント欄にいただきましたので再掲します。
私は、これを読んで間違い無く愛子さまは玉串奉奠をされたと確信しました。
青字がコメント、赤字が私の解説
① 3人揃って玉串を身体の前に捧げて拝礼、確かに愛子様も持っていました。その時神官は愛子様の横にいました。←0:35
② 皇太子ご夫妻(当時)が玉串を捧げた。←0:36~0:38 この時愛子さま玉串を持って両親と同時に礼をされています。
③ 神官が愛子様に近寄り、玉串を愛子様に渡さず、自ら台の上に置いた。←神官が愛子さまから玉串を受け取って台の上に置いた。
拝礼後、自分で玉串を台の上に置く作法と神官が受け取って台の上に置く作法の両方があります。
これは静止画があったので確かなことです。←静止画は受け取った後の場面。
その時は皇太子御夫妻(当時)の玉串は既に玉串案に立っていた。
←三人揃って礼をした後、まず皇太子から玉串を受け取って玉串案に立てる、次に皇太子妃から玉串を受け取って立てる、次に愛子さまから受け取って台の上に置く。
②と③の間にあったこの部分がカットされて、③神官が愛子さまから受け取った場面となった。
④そして愛子様が神官に対してお辞儀をし、神官は左側に移動した。
そのあとはこの動画ですね。
でも、そうだとしたら愛子さまが持っていた玉串はどうなったんでしょうね、拝礼の後、神官に渡したとか? ←その通り。神官が受け取った。(^^)
④そして愛子様が神官に対してお辞儀をし、神官は左側に移動した。
そのあとはこの動画ですね。
でも、そうだとしたら愛子さまが持っていた玉串はどうなったんでしょうね、拝礼の後、神官に渡したとか? ←その通り。神官が受け取った。(^^)
😇 ということで、愛子さまは確かに玉串奉奠をされています。
愛子さまを頭から馬鹿にしていると、そこに有るものも有ると見えず、そこに無いものが見える。
悠仁殿下を頭から馬鹿にしていると、そこに有るものも有ると見えず、そこに無いものがみえる。
なんだかなー。難しいですね。
😊 何度みても良い御姿です。
上皇は、榊が頭の上からチラリと見えるくらい、美智子さまは殆ど見えない。
今上と雅子さまも、チラ。
頭の上に高く掲げるのが皇嗣家風?大ぶりな枝に赤い紙垂 がハッキリと見えるのが華やかでよろしいですね。
補足:悠仁殿下の初参拝
😱 何ということでしょう。
ネットでは「2013年悠仁殿下が玉串を一般的な作法で捧げたので、その後2014年に参拝した愛子さまが間違ったとされてしまった。」という記事が出回っている。
しかも、ご丁寧に「皇太子家と一宮家にすぎない秋篠宮では玉串奉奠の作法が違う。」と秋篠宮家を蔑む材料にしている。なんということを!怒
(確かに、皇太子と親王では玉串奉奠の後の玉串の扱いかたに違いがあるが、奉奠の作法は同じです。)
0:16 あたり、向かって一番左、やや解りにくいですが悠仁殿下が置かれた玉串が本を手前に縦に置かれているのが見えます。
秋篠宮殿下、紀子さまの玉串も同様に置かれています。
(一般の作法では玉串の本を神前に向けてお供えします。)
秋篠宮家の長男・悠仁さまが武蔵野陵を初参拝(13/03/15)