金は、あればあるだけいい。というかありすぎて困る、ということがない。
そういうわけで、もうこれだけあればいい、という目標値が定まらなくて焦る。
どーすりゃいーんだろーなー、これ。
と、隣にいる友人にこぼしてみると。
「…つまり?」
何が言いたいのか、と聞き返され、小高い場所から自分の生まれ育った村を見降ろしていたヒロは。
「最低限、死ぬまでにここまではやっとけ、っていう提案をください、せんせー」
と、外部からの意見、を期待して今の自分の問題点を披露してみたのだが。
せんせー、こと友人であるミカは、あいた口がふさがらない、というそれそのものの呆れ方をしてみせた。
旅先で知り合って、共に世界中を見てきた仲間の内の一人だ。
相手の出自も自分の出自も、付き合いの中では理解し合ってはいたが、今回、こうして
ヒロの帰省に付き合わせた甲斐あって、ミカはヒロの現状を目の当たりにしたわけだから。
「なんかそれなりに思うことがあるかなー、と思って」
と、控え目に促してみれば。
まあ、とミカがようやく口を開く。
「ハッキリ言って、この場所を捨てて、新たに住みやすい場所に移動する方が早い」
「だよなー」
あまりにもハッキリ言ってくれるので、いっそすがすがしい。
村全体で移住なんて大がかり過ぎることは置いておいて、家族だけでも、と思ったことが、ヒロにもないわけでもない。
だが、両親はここを終の棲家にする、と決めているようだった。
子供たちにはどこへでも好きな場所へ行け、という代わりに、自分たちの決意は一徹そのものだ。
「だから少しでも楽になれば、って思ってんだけどな」
村は、ぎりぎり暮らしていけないこともない。だが一日のすべてが生きることだけに費やされている。
外の世界を知ってしまったヒロとしては、もっと娯楽や勉学、文化などを取り込んでいければいいと考えているのだが。
「そういうのは行政の仕事だって、言ってるだろ」
ヒロのとどまることを知らない野心の話にいつも付き合ってくれるミカにしても、それは何度も繰り返した話だ。
それを今また、こうして改めるのは。
実際、村で寝起きしてこそつかめる糸口もあると思っているからであるし、だからこそミカの方も
いつものように、そこで話を終わらせたリはしなかった。
「全くやる気のなさそうな行政だってのは解ったけどな…」
ここ数日、あちこち村を見て回ってのミカの感想がそれだ。
村長以下、村の中心部分が文化の発展、などという方向そのものに、興味がなさそうだ。
「それさー、蔓延だよ、蔓延」
「蔓延?」
水を汲むために下の川まで往復2時間、それだけ時間をとられても、勿体ないと思えないほど、他にやることがない。
特にやることもないから、のんびり水汲みに一日費やしたりしていて、ますます勉学や娯楽の時間がない。
そのおかげで日々の発展や進化もないから、とりあえずやれることを、…この場合、水汲みを、やるに尽きる。
水汲みの仕事ひとつは例えだが、一事が万事そういう調子だ、とヒロが言えばミカも渋い顔をする。
「なんかこう、さあ、出口のないところをぐるぐるぐるぐるやってる感じ」
「…そういう住人たちを焚きつけて先導するのも行政の意義なんだが」
「ムリだなー、水道施設にしたって建設には金かかるだろ。そんなことで税金が上がるのを、村の人が望まない」
「自分で汲みに行けば良い、っていうわけか」
「そりゃ金かかるくらいなら自分の足で汲みに行くよ」
とにかく何でも金のかかることは自力で解決、を信条にしているヒロが言うのだからミカには痛切に理解できるだろう。
「俺は外の世界を知ってるからさ、もっと便利になって、もっと豊かになる、ってわかるけど」
それを知らない、今の現状にさほど困っていない村人に言っても賛同は得られないから。
「まず、俺の周辺からやって見せればいいか、って思ったんだよな」
ヒロの野心、せめて上下水道の設備が整い、食料の地産を安定させて、最低限の医療と、就学。
そういう「楽」の部分を提供できる施設を自分の家から発信させていけば、おのずと理解と賛同を得られると考えた。
だから、「金がいくらあっても足りないぜ」状態だ。
「まあ…一個人ではムリだな…」
せめてお前が権力を持ってるならまだしも、とミカが続ける。
「あー権力、なあ…」
「仮に、俺が侯爵家の実権を握ったとして」
「おお」
「投資という名目で、この村を買い上げて資本を出して行政を操作するのはたやすいが」
「…容易いんだ…」
「それをしたとして、俺の代でそれらすべての出資を回収できるとも思えない」
そうなれば、さらに下の代、子や孫の代にまで関わらせることになる。それほどの事業と言えるかと言えば。
「まったく旨みがない」
「…そりゃそうだよな」
「あと、俺の子や孫がこの村を優遇するという保証はない」
他からの資本が入ってくるというのはそういう賭けだ、というミカの話には頷ける。
他の地域では国取りや領地争いなど、稀な話ではない。
この場所が余所からの干渉もなくただ安穏としていられるのは、まさに何の利もない地だからだ。
逆に、それだからこそ、利を追求しない、細々と生きるだけの人が集まり暮らしているということでもある。
「お前が村長に名乗りを上げるなら、まだ支援してやれないこともないが」
「うんまあそれも将来の展望として、一応、視野には入れてますが」
まだまだそこには到達してないな、と言えば、ミカも解っている、というように応じる。
「それまでの基盤か」
「そーそー、何の実績もないひよっこが名乗り出てもまあ無理っしょ」
「そうだな」
つまりそれまでに何をしておけばいいか、という話だとすれば。
「最低限、死ぬまでにやっとけ、っていうことなら」
「うん」
「お前にとって現実的なのは、奨学金制度を作るくらいか」
「奨、学、金」
「とりあえず、一人でやることの範囲を超えてるってのは?」
「理解してまっす」
「うん、だから今お前が村に投資しようとしてる金を、人材育成に使え」
まず学を高めるために、子供たちを外の学校へ通わせる支援をする。その資金。
そうして就学を希望する人数の金銭面の負担をするための制度をつくること。
話はそれからだ、とミカが方向性を定める。
施設ではなく、その施設を必要とする人を増やせば、おのずと必要性が高まり住人の理解も得られる。
そっちから攻めろ、と言われて、しかしそれも今一つこの村の気性には合わない気がする。
「外に出てきたい子は自分から行くんだよ。で、行っちまって帰ってこない」
出稼ぎにしろ、奉公にしろ、外の世界を知ってしまった人間は、もう村で生きることの意義を失う。
外で稼いだ限られた資金を村に送り、村はわずかな資金で限られた生活を営んでいく。
そうやって成り立っていることに大いなる不満を抱かない村だったからこそ。
「打開策としては、弱いだろうな」
と、ミカも同意する。
「だが、やるしかない」
本気の使いどころは、そこだと思う、というミカの考え。
「弟を、エルシオンに入学させるんだろ」
「ああ、うん、なんか無駄に頭いいみたいだから、無駄にするの勿体ないと思って」
「…その勿体ない、ってやつを一度、どこかに置いておけ」
え、どこに、と思ったものの、ミカは至って真面目だ。
「弟の費用は全部お前が都合するよな?」
「まあね」
「で、そうやって就学させた弟がどの方向に進むかだが」
お前に賛同して村の発展に尽力するか、独自の思想を得て村を出ていくかは解らない。
「そだな、それはあいつの自由にしていいと思ってるけど」
「それを、村の人間にも施す」
「俺が?」
「そう、お前が。どの分野でもいい、学ぶために掛る費用を全額負担する」
そのための条件が。
「学び終えた人間はこの村に戻って、得た知識で村の為に貢献すること」
こうすれば、人材の流出は少なからず防げる。
「そして、村に戻りたくないという意思がある奴らには費用の全額返還を強制する」
人材を失う代わりに、次の世代を育てるための資金を回収する。
「そうすれば、お前が一人で村を支えることもないし、その為に捻出する負担も減るだろ」
「…なるほど」
「これなら俺も出資しやすいしな」
次世代までもつれこませずとも危ないと思えばいつでも手を引ける、と言われて笑ってしまう。
容赦ない金銭面での線引きと、全く同じ重みで、ヒロを手助けしようとしてくれる心根が嬉しい。
それについては触れず、ミカは、そういう目標でどうか、と目線で問いかけてくる。
「どこまでやれるかは未知数だが」
「そだな、うん、基金として溜めこむ分には、けっこう目標値が解りやすいな」
俺の稼ぎによって、今年は2人、とか今年は5人、とか募集すればいいわけだろ?
それに返還額を足して、なんなら利息制度も考えて、収入面を安定させ継続すれば、話題にもなる。
各地域で活動を理解されて、出資者も募れる。てことじゃね?
「…お前、そういう勘定早いな…」
「まーな、やるべきことが定まってさえいれば後はやるだけだから楽じゃん」
「後はやるだけ、の、やるだけという部分が一番困難だと思うが」
「え?そっか?おれは構想練ってる時のほうがじれったくてもやもやするけどな」
「ふうん」
やるべきことがある。それらのどれもこれも、手を付けてやり始めるのは苦にならない。
ただ、終わりが見えない道を、いつまでも全力で走ることができない。それが歯がゆい。
そんなヒロの行き先に、ミカの一声が投げられるだけで萎えかけていた脚力に力が宿る。
それは、自分では成しえない奇跡だ。
「あー、早くやりてえ!ヒイロ基金!やりがいあるう!」
村の為の投資に迷いはない。それが必要な人への投資、となればなおさら。
ミカの助言は、人に関わりたくて人に感謝されたい自分にはもっともな方向だと思えた。
「ありがとな!やる気でた!」
いつから始めるかな、とミカを見れば、単純な奴だと笑われる。
「あ、ミカも出資してくれるなら、ヒロミカ基金、とかにしよーぜ、名前!」
「…いいけど…、それなら俺の領地で働けばそれも返還無用の条件でいいぞ」
「な?ちょっと待て、それって貴重な育成人材をミカに取られるってことじゃねえ?」
「俺も出資する以上、それなりの利はもらうに決まってるだろ」
「…ミカってお金持ちのくせにそういうとこきっちりしてるよな…」
「くせに、ってなんだよ。金なんかありすぎて困るってことがないんだろ」
俺だって同じだ、と、先にヒロが言っていたセリフでやり返されてはぐうの音も出ない。
ミカでも、あればあるだけいい、とにかく金がいくらあっても足りねえぜ!ってのは一緒なのか?
「その代わり、俺の領地からの人材もそっちに流してやるよ」
「え?いいのか、それ」
希望者がいればな、とミカの含み笑い。
「この不毛な土地を開発したい、とか、むしろ人身御供になりたいとかいう奇特な人材がいれば、だが」
「人身御供…って」
相変わらず容赦のない奴だ、と不平を主張すれば、気にする風もなくむしろ晴れやかに笑う。
「面白くなってきたな」
それは。
この村の現状を人ごとのようにからかう響きではなく。
生まれて初めて立ち向かう困難さに関わっていくことへの奮起そのものだった。
だから、ヒロも同じように笑った。
「ミカで良かった」
ただそれだけを返せば。
何を、とも問わず、ミカも言った。
「俺もだ」
そこには、同じ未来を見据えているものたちの共感がある。
生まれも育ちもまるで違う、あんなにも離れた土地にいて、それでもめぐりあう。
世界は果てしない。
人一人の心も同じくらい果てしない。
それでも、通じ合う。
生きることを通して、人は心を通わせる。
険しい道のりの途中で。
↓次回もSSだよー、ミカとセイランのお話でっす、てことでぽちっと♪