あしたはどこへ・・・

後期高齢者だが 元気に豊かな気持ちで歩き続けたい・・

 終戦と網走刑務所・・

2024-11-11 16:10:08 | 日記
 15年ほど前の日記帳を整理していると「原爆と北海道」の市民講座を
受講した内容記事に目に止まった。 講義者は北海道新聞社の四ツ島スポーツ記者だ。

 大2次大戦中、日本軍はサイパン島の隣のテニアン島に飛行機の滑走路を作るため
急遽、網走刑務所などから2,000名の受刑者をテニアン島に送り込み重労働を強いて
滑走路を完成させた‥と云う。
 ところがアメリカ軍に奪い取られ 皮肉にも その滑走路から飛び立ったのは
原子爆弾を積み 広島と長崎に投下したB29の飛行機だった‥との話に驚いた。
 そして終戦を迎えた。 原爆投下と終戦、そして網走刑務所との繋がりを知った。

 我が隣町(月形)に明治時代に北海道に初めて作られた「樺戸監獄」(後の月形
刑務所)がある。主に政治犯が収容されていたそうだ。 現在は不明だが 1,000人
以下の受刑者がいるようで 出所後の技術習得作業で 毎年作品の「きょ正展」が
開かれていて木工品・靴などが販売されている。
  古い日記帳を見るのも記憶が戻って 新しい発見もある。
          (写真は月形資料館より)

         





コメント (4)
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