先日は飛鳥坐(にいます)神社の前にある“神籬(ひもろぎ)”で宴会。
神籬とは「神霊の依り付く場所として、清浄な土地に常盤木を植えて囲み、神座としたもの」の意味だとか。
その店では、大和民家を生かした懐石料理と民芸ギャラリーの店。ギャラリーでは、古布細工やトンボ玉のストラップなども展示販売されていた。
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「飛鳥川」の上流稲渕は、南渕請案が居住していた地です。彼は、608年(推古天皇16年)9月11日小野妹子や、吉士雄成、粟田真人、そして、通事の鞍作福利らに従い、遣唐使学問僧として中国へ派遣されました。 . . . 本文を読む
“大原の里”と聞くと“京都”を連想しますが、
奈良・飛鳥にも“大原の里”があるのです。
その地は藤原鎌足誕生の地。
今は“小原(おおはら)”という地名になっています。
その地にも万葉の歌碑がありました。
歌碑に刻まれていたのは、有名な天武と五百重の贈答歌。
我が里に 大雪降れり 大原の 古りにし里に 降らまくは後 【天武天皇】
我が岡の おかみに言ひて 降らしめし 雪の砕けし そこに散りけむ 【藤原夫人】
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飛鳥・石舞台から南へ行くと、稲渕と栢森という集落が谷沿いにある。
その2つの集落には“綱掛神事”が残っていた。
解説板によると、
“綱掛神事”は、毎年正月11日に行われ“カンジョ掛神事”ともよばれている。
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今日の趣味の園芸は、家族総出で“苗代つくり”。
今年になって、お袋は膝がかなり痛いらしく、通院しているのだがなかなか良くならない。
それで、離れて暮らす次男が帰って来て手伝ってくれた。
農業(趣味の園芸)を維持するのも大変だ・・・
先日、味噌樽の茶室を発見したの明日香村の稲渕地区では、
“棚田”での水稲を中心とした農業が営まれていたが、傾斜地にあるため生産性が低く、耕地放棄による棚田の荒廃が広が . . . 本文を読む
昔、子どもが小さかった頃に欲しがったモノを、飛鳥で見かけた。
そのモノは、とある大学の施設の庭にあった。
我が家を建てた時、“衝立”と“テーブル”を買いに行った。その店の門先に味噌樽で作った“茶室”があったのだ。
小さかった彼らは、その茶室に通していただき、まるで秘密基地に入った隊員のように気に入って、そこから出てこようとしなかった。
お店の人も
「そんなに気にいったんやったら、お父さんに買 . . . 本文を読む