自宅を出る前にナビを設定。
とりあえず、敦賀港を目指すことにした。
港の前の公園に着いて一休憩。
その建物が[人道の港敦賀ムゼウム]
@杉原千畝
第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。
外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救ったことで知られる。
その避難民の多くが、ユダヤ系であった。
海外では、「日本のシンドラー」などと呼ばれることがある。
@人道の港敦賀ムゼウム
古くから大陸への玄関口として栄えた敦賀港は、大正9年(1920)にポーランド孤児、昭和15年(1940)にはユダヤ人難民が上陸した日本で唯一の港。
敦賀ムゼウムでは、ポーランド孤児の様子や各地での暮らし、杉原千畝の命のビザで上陸したユダヤ人難民と敦賀市民との心温まる交流など、人道の港ならではのエピソードを紹介している。
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