カフカ『新しい弁護士』 『カフカ小説全集4 変身』池内紀訳 白水社
『新しい弁護士』
新しい弁護士である。名前はドクトル・ブケファロス。外見はマケドニア王アレクサンドロスの軍馬だったころの面影はほとんどない。しかし、消息通にはわかるようで、つい先立って私自身が正面の外階段で目撃したのだが、競馬好きの裁判の傭(やと)い人が、しがないなじみの客の目でもって高々と足をあげ、大理石のカツカツと音をたててのぼっていく弁護士を、じっとみつめていた。
弁護士会はブロッケスの入会を承諾した。きちんと見通したうえで言い交したところだが、今日の社会秩序にあってブロッケスは身の置き所がなく、その世界史における意味合いからも受け入れて当然なのだ。今日この頃―――この点、なんぴとも否定しないであろう―――大王アレクサンドロスはいない。マケドニアは小さすぎるといって父君フィリッポス二世を罵っている連中も多い。しかし、誰ひとり、まったくもって誰ひとり、インドへ兵を勧めるなんてことはできないのだ。すでに大王のころにもインドの門は遠かった。しかしともかく大王の剣はインドを指差そうとはしない。剣を持っていても、ただ振り回すだけ。それを目で追って、うろたえている。
だからブケファロスがしたように法律書に潜り込むのが最良かもしれない。乗りての足の脇腹をけられるおそれもなく、のびのびと、静かな明かりの下で、洗浄のざわめきから遠い所で、古い書物のページをくって読みふける。
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