「すると、声が二度目にかかってきた、『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』。」使徒10:15
旧約時代、律法に従って食べるものにもきよいものと穢れたものの区別があり、長年厳格に守られていました。しかし、イエス様は十字架によって律法の終りとなり、区別や差別を一切取り除かれたのです。それは人に対する差別をも消し去ってくださいました。主の十字架はすべての罪や咎、穢れを清めてくださったのです。あなたのみならず、あなたが嫌いな人のためにも主はいのちを捨てて愛しておられるのです。(KE)
寺田の蓮田
人生には楽しく悩みのない時もある。しかし何か悩みがあると落ち込むものです。
以前の私はこんな時かなり落ち込みましたが、近年少々気になりますが、落ち込む
までにはいたらない。それは天国の希望がありますから。
黄斑変性症になって10年。両眼になって5年。一向に癒されるか、進行を止める
薬が成立しない。辛い両眼の眼球注射を2か月に1度しないと、やがて失明するで
しょう。もう一つの悩みは眼の側に小さな黒いもの。息子がネットでよく調べてくれて
「ガンガン言わなくてええ、大した事ない!」と、調べてくれるだけで感謝と思える。
様子を見る、と医師はいって下さるけど、これは眼科でなく皮膚科なので、確かな
皮膚科に行く事にした。生かされている間は私に、主は何かの目的を示されるに違いない。