切られお富!

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映画と小説、『事件』

2008-01-24 02:17:03 | アメリカの夜(映画日記)
「映画と小説、~」シリーズもこれで一応、打ち止めか・・・。この原作は『野火』なんかで知られる純文学の作家・大岡昇平が書いた推理小説で、出版当時ベストセラーになり、日本推理作家協会賞を受賞したという作品。実際、特報や予告編でも原作者・大岡昇平や小林久三が登場したりして、当時話題の映画化だったことが想像できますね。ただ、そういうことより、この原作って、裁判員制度が導入されるいまだからこそ再読されるべき作品なんだと思います。そんなわけで、感想・・・

この原作は、、恋人の姉を殺害した当時19歳の少年の裁判をめぐる小説で、本格的な法廷小説といっていいものです。

特に、「本格的」と表現したのは、大岡昇平が日本の裁判の実態を細かく取材し、徹底的なリアリズムで描こうとした点で、多少当時から制度は変わっているとはいえ、今読んでも遜色ない裁判の実態が描かれます。

犯罪当時、被告が19歳だったことから、少年法の問題も絡んだりして、この問題が古くて新しいことを考えさせてくれますが、それよりなにより、裁判における「故意」というものは、われわれが一般に考える「故意」とは随分違うものであるというあたりが、この小説の提起している核心部分でしょう。

特に最後の部分で「う~ん」と唸ってしまうわけですが、このあたりはネタバレになるので詳述は避けます。

それと、わたしが好感を持ったのは、この作家特有のスタンダール風心理描写が、同じ作者の別の作品、『武蔵野夫人』のようなディレッタント的な文章に陥らず、裁判官、検察官、弁護士の三者の駆け引きを巧みに描いていること。

思えば、スタンダールだって法学部出身者だったはずですが、心理描写は恋愛小説の専売特許でもないわけですよね。こういう部分は、裁判員になる人にもかなり参考になるんじゃないですか。(そういう意味では、心理主義手法は随分実用的だ!)

ところで映画の方ですが、こっちは小説の冷めた感じとは対照的に、体当たり女優・松坂慶子の「おんなの映画」みたいなノリになっていて、原作者は内心不満だったんじゃないのかな?(まさに、平仮名の「おんな」って感じ。)

とにかく、昔風の「おんなのメロドラマ」っていうノリで、それはそれなりに大作映画の貫禄はあるんだけど、いかにも松竹映画って感じ。

ただ、役者がよくて、原作では嫌な登場人物をちょっと魅力的に演じた渡瀬恒彦、元気いっぱいだった頃の大竹しのぶなど、見ごたえはあります。特に、原作にはないラストシーンのこの二人は、なかなか余韻があっていいんですよね。

そんなわけで、刑事訴訟法の参考書的ですらある原作、大作メロドラマとしての映画、どちらもいまなお鑑賞に堪えますね。(『砂の器』より、わたしはこっちかな~。)

個人的には、原作を特にオススメ。

<映画と小説シリーズ>
・『砂の器』
・『霧の旗』
・『ゼロの焦点』
・『鬼畜』

事件

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(参考)
武蔵野夫人
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