平成30年7月16日(月)、今日は「海の日」で祝日。猛烈な暑さが続く中、東京の上野にある国立博物館へ、「土偶」を見に行ってきました。
縄文時代とは、旧石器時代が終わったおよそ1万3千年前から1万年続いた時代と言われている。その縄文時代の人々が、日々の暮らしの中で工夫を重ね作り出した様々な道具の数々が、展示されていました。その中には「国宝」と呼ばれている6件の土偶や土器もありました。
土偶は粘土で作られた人形の土製品で、祈りの道具の一つと言われている。有名な遮光器土偶は、目が雪中遮光器(スノーゴーグル)に似ているからつけられた名だという。なるほど。その他にもハート土偶や合掌土偶もあり、縄文人が祈りというものを、日常的に行っていたのかなと感じられた。
また、装飾品も展示されていて、中には、ヒスイ(硬玉)の装飾品があり、それは、新潟県の南部姫川沿いにしかないもので、当時の女性にとっては憧れの素材であったと書いてあり、新潟県辺りから全国へヒスイが伝わっていることに驚いた。他にも、鹿の骨や猪の牙、サメの歯などでも作っていた。鹿角製腰飾は埋葬された男性人骨の腰付近で出土されるものが多いという。
帰りに、前にテレビでやっていた秋葉原の牛串を食べてきた。
縄文時代とは、旧石器時代が終わったおよそ1万3千年前から1万年続いた時代と言われている。その縄文時代の人々が、日々の暮らしの中で工夫を重ね作り出した様々な道具の数々が、展示されていました。その中には「国宝」と呼ばれている6件の土偶や土器もありました。
土偶は粘土で作られた人形の土製品で、祈りの道具の一つと言われている。有名な遮光器土偶は、目が雪中遮光器(スノーゴーグル)に似ているからつけられた名だという。なるほど。その他にもハート土偶や合掌土偶もあり、縄文人が祈りというものを、日常的に行っていたのかなと感じられた。
また、装飾品も展示されていて、中には、ヒスイ(硬玉)の装飾品があり、それは、新潟県の南部姫川沿いにしかないもので、当時の女性にとっては憧れの素材であったと書いてあり、新潟県辺りから全国へヒスイが伝わっていることに驚いた。他にも、鹿の骨や猪の牙、サメの歯などでも作っていた。鹿角製腰飾は埋葬された男性人骨の腰付近で出土されるものが多いという。
帰りに、前にテレビでやっていた秋葉原の牛串を食べてきた。