めだかおばちゃんのぼやき

ただのおばちゃんのぼやき日記。
あーゆっくりカフェでお茶したい。

旦那隔離生活

2023-09-05 10:22:34 | Weblog
旦那さんが隔離生活を始めてやってたこと。

水、ウイダーインゼリー、使い捨て手袋、レジ袋を購入して部屋の前に置いておく。
発症時はいつもと違う喉の痛みだったみたいだけど
夜には高熱が出て体中が痛み出したらしいので、家に常備していた解熱剤と冷えピタシートを届ける。

病院へは自力で予約したらしい。
私が、自分が罹患していないなとある程度確信したので、仕事先に電話して
先方と打ち合わせしていたら

旦那さんから携帯のほうに永遠に電話が鳴り続ける。

「さっきから電話してるんだけど 保険証の番号教えて!」って言われて
私もムッとして「仕事の電話してたんだけど!!!」って言い返した。
あなたも体が辛いんだろうけど、こっちはこちで大変なんだよ!

そんなやり取りがありつつ、基本しんどそうで
ラインでのやり取りも最低必要な文章だけで
旦那さんの状態もわからない。
 
とりあえず、近づけないので
水分、食事の運搬。(食事はそのまま捨てられるので買ってきた蕎麦がいいとリクエストがあった)
お風呂は入らず
着替えとタオルを置いといて 濡れタオルで体を拭くのみ。
着替えた服とタオルはビニール袋に入れて置いておいてもらった。

その洗濯物を、ビニール手袋着用か、除菌シート越しで持って
一旦、漂白剤入れたバケツでつけ置きして家族の洗濯物と一緒に回した。

隔離部屋にはトイレも洗面所もあるのでとっても助かった。

病院からもらえた、お薬が効いたようで
三日後からは夕飯の蕎麦だけでは足りないということで
お惣菜類なんかも付けるようにした。

今考えれば、すごく単純なことなんだけど
毎日お水やウイダーをお蕎麦と一緒に買いにいってた事が地味に面倒だった
水とウイダーはまとめ買いすればよかった。
最後の2日くらいで2ℓの水を箱買いしたんだよね。
最初から箱買いして、隔離部屋にもっていっておけばラインで「もう水がありません。」と外出時に言われて慌てて帰ることも無かった。

我が家は完全隔離できる環境だったので、割とピリピリ神経とがらせて家じゅう消毒して回ることがなかったのは幸いだった

そんな、隔離生活中も日常は回るわけで
妹が嫁ぎ先の他県から帰省してきて、妹がいつも寝てる部屋が隔離部屋になったので
大学生の息子の部屋を掃除して息子の部屋に寝てもらった。
旦那さんの代打のお仕事をしつつ、妹とライブ2days。
車で一時間以上かかる会場へ二日間通った。しかも、街はライフ渋滞が起きてて駐車場は見つからないし、なかなか会場にたどり着けないし。大変だった。

でも、ライブは最高!!!仕事の疲れと、運転の疲れと、ライブ初日で踊り疲れた体でヘロヘロになりながらも
二日目もアリーナ2列目という最高の席で楽しい時間を過ごした


妹も帰ってしまって、今度は大学生の息子が帰省。
仕事を終え出先から車で空港へ向かった。いつもはなんだけど、今回格安チケットが取れたと初めてで帰ってきた。
高速なら1時間のところ、時間に余裕があるから下道で行って見たら2時間かかった
ここ数日ずっと運転してるから腰が痛かった

息子に、いろいろと愚痴を聞いてもらいながら家までドライブ。
「お母さんも、遊んだらいいじゃん。」って言ってくれる。優しい息子よ

で、ついつい鞄が欲しいとか言われて
一緒にデパートとか言って鞄買ってあげちゃうんだよね。就活に必要だから仕方ないしね。

息子と中華食べに行ったり、親戚の家までドライブ行ったり。
ちょとストレス発散させてもらって
息子も大学の合宿があると戻っていき

やっと隔離生活が終わった。

だからと言って、のんびり過ごせる日々ではないけれど一安心

旦那さんは喉がガラガラしてるけど、元気になった。良かったぁ。
やっぱり、大黒柱が病気だと心細い。

私のおっきなイベントも終わり日常に戻っちゃったな。またがんばろ。

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