憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」・・1

2022-12-15 12:50:49 | 「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」

沙織が手にしたストップウオッチを止めるとじっと時計を覗き込んだ。
通り過ぎた隆介の乗るフォミュラーのエキゾスノートの音が遠ざかると
続いて走り去る車の爆音が隆介の軌跡をけしさってゆく。
『いい・・タイム・・』
つぶやいた沙織が急に顔を伏せた。
「どうした?」
矢島が沙織を覗き込んだ。
「よくないのか?」
隆介のタイムがはかばかしくなかったのだと思ったのである。
「死…死んじゃう・・隆介が死んじゃう」
沙織が叫ぶと、むこうのコーナーから黒煙と炎が上がるのが見えた。
「え?」
既成視が直前に現れる娘である。予感というか予知といってもよいかもしれない。
「う・・嘘だろ・・」
矢島はこぶしを握ると黒煙を上げるほうに向かって走り始めた。

隆介があの事故であっけなく逝ってしまい、
俺は
その後、
隆介の墓の前でじっと動かない沙織を
見つけた。
俺を見つけた沙織が
ひどく青ざめた顔で振り返り
「矢島さん」
俺を呼んで立ち上がったとたん、
沙織の身体が傾いた。
あわてて沙織のそばに駆け寄り
沙織を支えたとき
俺は沙織の瞳に浮かぶ悲しみが
隆介を失ったことばかりじゃないことに気がついた。

 

沙織は隆介の恋人だった。
俺は隆介を弟のように思っていたし、
チームのドライバーとしても
天才的のテクニックを持っていた男だったから、
その部分をふくめて
彼の資質を愛していたといっていい。
だから、
隆介が沙織に好意を持っているのも、
すぐに気がついたし
沙織が隆介の好意にこたえたのもわかっていた。

近いうちに結婚するだろうと
俺は二人を見ていたし、
事実、隆介も
今年はぜひとも上位入賞を果たしたい。
と、何度もインタビューに答えていた。

その後ろには沙織との結婚という
青写真が出来上がっていたのじゃないかと
俺は思っていた。

だが・・・。
あの事故で何もかもが消え去っていった。

俺は少なくとも、そう思っていた。

ところが・・・。
「沙織・・・?お前、まさか・・・?」
俺の中にふと沸いた勘を
沙織は素直に認めた。
「3ヶ月・・・」

沙織は隆介の子を妊んでいた。

沙織の告白を聞いた俺が決めたことを
沙織が承諾するか、どうか?
迷いながら
俺は沙織に思い切って言ってみた。
「おまえ・・・。このままじゃあ、隆介の子供を
あきらめるしかないんだろ?」
沙織は俺に支えられながら
こくりとうなづいた。
俺の胸に沙織のうなづきがじかに伝わり
俺は小さな命をはぐくもうとする
沙織を今この姿勢以上に
確実に支えてやりたいと思った。
「おまえ・・・。うみたいんだろ?」
隆介という存在が
この世に残したたった一つの生きた証だ。
俺の胸に沙織の熱い息が漏れてくる。
「う・・・ん」
だけど・・・。
不安定要素をいっぱい、抱え
沙織は深く、暗く、迷っている。
「産めよ・・・」
俺は隆介の思いになっていたのかもしれない。
「でも・・・」
この先の生活・・・・。
沙織がうなづけないのもわかる。
「ばかやろ。俺が産めって、いってるのは、だてじゃねえや」
俺だって、沙織の生活も
子供の将来も何もかも、
ひっくるめてじゃなけりゃ、
「産め」なんて無責任にいえるわけが無い。
「矢島さん?それって・・・」
自分でプロポーズでもあるのかと
聞くのはさすがに、おこがましいと思ったのだろう、
沙織はそこで言葉をとぎれさせた。
「お前の生活もその子供の未来も
俺がみてやるよ」
だけど、沙織は俺の求愛に、
「矢島さん。一時の同情じゃあ、
あとがつらくなるんだよ」
と、こたえをかえした。
それは沙織が隆介の子供を自分ひとりでも
産みそだててゆくか、煩悶した内容そのものだろう。
隆介が憐れ。
子供がかわいそう。
その一時の同情で生活は崩れてゆく。
「あのな・・・」
俺だって、男だ。
おまけをいえば、
長年、独身を通してきたわけじゃない。
自慢じゃないが
女を見る目は十分にあるつもりだ。
「俺なあ、お前みたいな女はタイプだよ。
おまえとなら、この先もやってゆけると思う。
俺だって、同情で結婚なんかできねえよ。
わかる?」
ちょっと、ふざけた俺の言葉に沙織がすこし、噴出したのがわかる。
「ん・・・」
突然の申し出に沙織が考え込んでしまうのはわかる。
「なあ?そんなことより、
おまえこそ、俺なんかでいいか?
お前こそ、俺に同情してねえかよ?」
沙織は俺の胸の中に顔をうずめた。
それは沙織がこの先
俺を愛してゆけるか自分をはかるために
俺の胸に自分をあずけられるか、どうか、
確かめているように思えた。
しばらく、じっと俺の胸の中に留まっていた佐織が
「ん」
うなづいた。
そのとき、沙織はうなづく自分をデ・ジャブだよと
笑い、
こうなる運命だったのかもしれないと、
はっきり俺にうなづいてみせてくれた。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿