次の日・・・。
事務所から帰ってきた俺を待っていたのは
誰も居なくなった部屋におかれた手紙だけだった。
沙織が出て行ったことが事実の全てで、
これ以上の補足も説明もいりゃしない。
俺はテーブルの上の手紙に手を伸ばしかける自分を
何度も説得していた。
それを読んでどうする?
沙織は石川に帰ったんだ。
シングルマザーじゃ帰ることも出来なかった実家に
離婚なら、
帰れる沙織になっていると、沙織も気が着いたんだ。
さよならと書いてあるに違いない手紙には、
お世話になりましたと沙織が頭をさげているだろう。
俺との間になにひとつ、育まれることも無く
俺は沙織を汚すこともなく、
隆介の変わりに直己が防波堤になって、
結ばれることの無かった関係は
結局、沙織が隆介のものでしかない事をせんじつめさせて、
・・・だから、沙織は
俺との別離を決めたんだろう。
俺が沙織を抱いていたら
結果はかわっただろうか?
俺は・・・
結果をかえることは、出来ないと思う。
ただ、結果が出るのが長引くだけ。
沙織に触れもせず
沙織を隆介のものに返すことができたことだけは、
せめても、
隆介にかおむけできる物事に思え、
隆介を愛した男と女が
隆介が居たことを確かな真実にしていた。
「隆介・・おまえの命は・・確かに紡がれていったさ」
独り言を呟くと
俺は沙織の手紙に手を伸ばした。
確かにおまえのものさ・・・。
と、隆介に告げるために
俺の役目は終ったと俺に告げるために・・・。
だが、
広げた手紙の中には
たった、一言
「決めるのは・・・貴方
私は・・貴方の決定に従います」
そう、書かれていた。
最後まで優しい女は
最後まで俺の意志で物事が変わると、
言ってくれる。
「ありがとうな・・」
沙織は自分から別離をつげず、
俺にさよならをいわせてやろうって、
振られた男にしてやるまいと、
きをまわして・・
俺は・・・
もっと・・・。
もっと・・・。
そんな妙な心配りより
本当は・・・
お前が傍に居てくれるだけで・・・
それだけで良かったんだ。
だけど・・・。
曖昧に誤魔化してゆく生活は
もっと、隆介を・・・
裏切る事になるだろ?
沙織がでていっても、沙織と暮らす以前の元々の生活に戻っただけで
俺に大きな変化は無かった。
沙織への回答を出すことは簡単なことだったけど
俺から沙織との縁を切るのは
俺の本意じゃないから、
俺はもう、半月ちかくを、ノーコメントのままで過ごしていた。
いい加減、
ハッキリしなきゃいけないと考えながら
中学生の恋愛ごっこみたいに
自然消滅をまっていた。
でも、当然のことながら、
籍を入れた男と女が自然消滅するわけはない。
社会的手続きを踏むことで
俺の心にけりをつけ・・・。
沙織は・・・この先・・どうするんだろう?
ズット隆介を思い、直己を育ててゆく?
あるいは、
本当に・・・
愛せる男に・・・いつか、めぐりあう?
それは、
本当は俺であるべきだったのに
俺は隆介という重圧にまけちまった、情けない男に成り下がってしまった。
隆介を知らなければ、
沙織だけをみつめ、
その沙織に子供が居たと知っても
戸惑うことはないだろう。
俺は隆介の性格もなにもかも、愛していた。
隆介の価値を認めていた俺だからこそ
いつのまにか、
隆介と自分を比較していたとも思う。
沙織のせいじゃない。
俺は自分で掘った穴に
足をすくわれた。
いくら、沙織が俺を愛してると言ってくれても、
俺は自分の掘った穴の深さにおびえた弱虫でしかない。
沙織に慰められれば慰められるほど
励まされれば励まされるほど
宥められれば宥められるほど
隆介とは、違う不甲斐なく惨めで・・・。
沙織にふさわしい男に程遠い自分になりはて・・・。
まさしく
じれんまという蟻地獄。
俺は自分に負けた。
焦燥は沙織に本気になればなるほど
深まってゆき
言っては成らない言葉は俺の立脚基盤から
俺をくずしさってゆき、
俺はとてつもなく惨めだった。
だから・・・。
たとえ、沙織ともう一度、やり直せても
俺は
間違いなく
隆介と俺を並べ見比べ
惨めな思いをひきずるだけ・・・。
そして、沙織はいつか、そんな俺に愛想をつかす。
愛想をつかさなくとも、
沙織も俺を見て、暗澹とした気分を味わう。
そんな生活より
もっと・・・。
直己の為に
隆介への証の為に
心強く生きた方が沙織にとってはりがあろう?
コンナ男を支えさせるために
沙織と一緒になったんじゃないんだ。
俺は
不甲斐なく・・・。
なんで、今になって
こんなに自分が弱くなってしまったのか
自分でも・・・わからない。
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