白石からもやいを解くと、
いよいよ、白銅が舟をこぎ進めていく。
座り込んだまま、白銅の魯さばきを見つめる法祥になる。
「手慣れたものですね」
「いや、わしは、これで二度めじゃ」
勘が良いのか、一度めでよほど漕いだか
二度めとは思えぬ魯さばきと思う。
自分と比べるからそうであって
漁師と比べれば 違うのかもしれない。
「必死だったからの」
必死で漕がねばならなかったという故は
尋ねないことにして、法祥なりに思うことがある。
ー私は、必死ではないなー
都でみた男に犬神が憑いている。
哀れと思うが、自分ではどうにもできぬ。
白銅と澄明ならなんとかできるかもしれないと
安気に伝えておくことにしたが
その気持ちの後ろこそ、必死ではない。
見てしまった以上、素知らぬ顔は疚しい。
その疚しさに負けて長浜まで出かけて行ったが
自分が関わることはないと高をくくっていた。
直ぐに、二人が解決するだろうとも思っていた。
「どうも、おまえは、憑き物に縁があるようだが
なぜ、銀狼がみえたのだろうな?」
白銅の問いが、よく判らない法祥である。
陰陽師に読めぬものが見えたのが、
不可思議であるのだろうか?
「だいたい、今までのおまえは、死人の憑き物ばかり関わっていただろう?
こたびは、犬神と言えど 神だ。
人の亡霊というのとは違う」
白銅の判らないということは、判ったが
考えてみれば、なぜ、犬神がみえたのだろう。
「澄明さんが、因があると言っていたのは、
人の亡霊に憑かれる、いう事ですよね」
それで、憑かれる者 憑く者に関わってしまうということになる。
白銅が言うのは
憑かれる者は、人であるが
憑くものが、神であるのに、関わるのが妙だというのだろう。
「それは・・・もしかして・・」
法祥が言いまどう。
魯を漕ぐ手を休めず、白銅は法祥と話をしている。
「坊主が惑うて、どうする」
言えば良いだけであるが
口にするのは、おこがましくある。
「腹にとめておくと、次にでてくるものが、みえぬぞ」
なにがでてくるかは判らぬが、ひとつの思いで
次の考えに、蓋をされてしまう。
「今、思うておることなど、全てから見れば
ほんの一角でしかない。
おまえは、もっと、自分を知りとうないか?」
まだまだ、自分ひとつ、わかっておらぬものが、
犬神を見るなど、まさに妙な事である。
白銅の言葉に、おこがましいと思いながら
そうであってほしいと思ってもいると気が付く。
そのおこがましい思いをどけてしまわなければ
見えてこないのだろう、と、話し始めた。
「霊が見えるものは、霊と同じ域にいると聞きます。
神が見えるということは、もしかして
神と同じ域にいるかもしれない、と、考えました」
「なるほどの・・」
法祥の言葉の裏を察すると、
白銅の考えを言うに忍びなくも有り
言っておかねば、幸せな法祥のままになる。
「神と同じ域というてもな
よこしまな心の神と同じ域であってはならぬ」
言い放ったあと、じっと法祥をみる。
白銅が言い辛かっただけのことはある。
法祥の顔色が暗く沈んだ。
が、先の「どけるべき思い」という言葉を
法祥は解していた。
「犬神に関わる因になる邪(よこしま)な思いがある。
そういうことですね」
思いもよらぬ己の負をしらされるのは、辛いことだが
知ってしまえば
どういう負であるのか、気にかかる。
ましてや、それゆえに犬神との因ができるのだから
なおさら、気にかかる。
「私は いったいどういう邪な心をもっているのでしょう?」
尋ねられた白銅は、かすかに首を振ると
「自分で考えてみないか」
と、答えた。
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