憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・10   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:20:30 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

森羅山の北側の麓の木々が跳び退る足に蹴た繰られては大きく揺れ動いている。
その木々を動かせているのは森羅山に入った澄明を探している伽羅である。
澄明の筋書き通り事が運び天守閣から飛び降りた勢姫を受け止めた悪童丸は
すでに一昨年の冬にてて親になっていたのであるが、
それから一年すでに年が改まったというのに相変わらずの幼名のままでいるのである。その悪童丸に伽羅は澄明の一字を貰い受けて
大人名に改名してやりたく思っていた。
澄明にその許しを得たくもあり伽羅は澄明に逢える機会を待っていたのである。
その澄明が城を出て森羅山に入ったのが判ると、
伽羅は澄明を探しに森に入った。
『澄の字を貰おうか、明の字を貰おうか。
それともいっそ澄明に字名を考えて貰おうか?』
と、伽羅の胸の内で算段も膨らんでゆく。
拾いあげた悪童丸の名は
その、産着の中にはせられていた手紙の中の一文である、
この子、悪童なりてという一抹から敢えて、その名をつけたのである。
その子にかけられた思いがどんなにか憎しげ物であったとしても、
たった一つの伝手であり繋がりであったからである。
やむを得ぬ言い分けを書いてまで
捨てざるを得なかった海老名の苦しい胸中を、
己の残忍な仕打ちを一生、背負うて生きてしまうだろう海老名の悔いを
思うと、何処かで悪童として生きこしておるのだぞという
伝えの思いを伽羅も込めていたのである。
その伽羅が手塩にかけて育てた悪童丸が年頃を迎えると
双生の姉である、勢姫を求め足しげく長浜の城へ通うのを
伽羅は堪える様に見詰めていたのである。
悪童丸のてて親である光来童子から引き継がれて来た人を恋う血が、
やはり子である悪童丸を突き動かしていたのである。
同じ様に半妖である勢姫も、人として生きおれば
これもまた、逆に鬼の血に焦がれていると判ると
伽羅は天守閣から光来童子を想って
飛び降りたかなえの存念を思わずにおれなかったのである。
それはあるいは伽羅のには
今は亡き邪鬼丸への追慕の情と重なって見えたのかもしれない。
「致し方ない」
この日がある事を伽羅も判っていたのである。
が、邪鬼丸とは違い光来童子はある意味で恋を全うしているのである。
ならば、命を落とすような事にはならぬと伽羅は信じていた。
てて親からの因縁は、それも受け継がれておろう。
しばらく後には、勢との悲しい別れも、
てて親と子が別々に暮らす、生き別れの因縁も
悪童丸は一身に受けなければならないのである。
伽羅は逆らえぬ因縁の流れに一切口を塞ぎ、
悪童丸の勢への追慕に目をつぶったのである。
が、結局、悪童丸と勢姫は白河澄明という陰陽師の存在により、
因縁の通り越しという奇妙な法によって
恋の成就は無論、勢姫を得ることも叶えば、
親子で仲睦まじく暮らす事も叶えられているのである。
伽羅は、なれない山家の暮らしと産を成すに、
頼る者のない勢を助けるために二人の棲家に通って、
色々と勢の傍で共に、仕度を整える内に
勢という女子にも心を砕いてゆくようになっていた。
やがて、産を成す頃にもなって
(や、悪童丸は、てて親にもなろうというに、まだ、幼名のままではないか)
と、慌てたのである。
が、子の名をつけて貰おうかとまで考えていた澄明は
間もなしに北西の大神、白峰の虜囚になっていったのである。
伽羅は不思議と結末に不安を持っていなかった。
『澄明の事である。因縁通り越すに違いなかろう』
伽羅の澄明への、信はまさにその通りになったのである。
と、なればどうしても、せめても、悪童丸の名前を澄明から一字貰い受けたい。
それも無断でなくむしろ澄明自身から授けられたい。
そういう思いで澄明の因が開けるのを待っていたのである。
伽羅の方から澄明が屋敷に赴く事も叶わずにいた
その澄明が、森羅山に向かったとなれば
伽羅にとっては千載一隅の機会であったのである。

猿の様に木から木へ跳び退って森の奥に進んで行く伽羅が
ふと、木の幹からの躍動をとめた。
向こうから歩んでくる人影に気がついたからである。
『澄明か?』
目指す人のほうが向こうから来たのかと、伽羅は目を凝らして見た。
『いや・・・違う』
歩んでくる者が、ここらではついぞ見かけぬ女鬼であると判ると、
伽羅はその顔がはっきりと識別できる所まで
女鬼が歩んでくるのを木の上から見ていた。
女鬼の方は頭上の伽羅に気が付いておらぬと見えて
そのまま伽羅のいる木の下を通り過ぎて行った。
『誰じゃろう?が、まあよい』
そんな事より澄明に逢いにゆきたい伽羅は、
女鬼が通りすぎると木の幹から次の木枝に飛び移るべく、
枝振りの良い木を目に留めていた。
動きを止めた身体を滑り出させる為に「やあっ」と掛け声をかけて
次の木の枝に移った時に伽羅は
『待てよ』
と、思ったのである。
今の女鬼に何処かで逢った気がするのである。
何処かでそれも遠い昔に見たような顔立ちだった気がする。
伽羅は己の中の記憶を手繰ってみていた。
伽羅が衣居山の近くに住むようになってからでも、
すでに二十年近くの年月がたっている。
それよりも昔の事となると・・・・
「あ・・・・」
伽羅は思わず声を上げると、自分の思った事を確かめる為に、
女鬼の後を追ったのである。
ぼんやり歩いている女鬼に追いつくのは、ざまのない事で
伽羅はその女鬼の前に廻ると木の上からどうっと地面に降り立った。
女鬼はと言うと、いきなり目の前に降り立った伽羅に驚きも見せず、
覗き込む様にして自分を見ている伽羅の目をしっかりと見据えていた。
頭の中に沸いて来た字面をそのまま口の端に乗せる様にして伽羅は女鬼に
「お前は、波陀羅?波陀羅といわぬか?」
と、問い質してみれば、
女鬼の方も伽羅の顔をまじまじと覗き込んであっと声を上げた。
「お・・・まえ?」
邪鬼丸の色であると知ってからは、顔をあわせても
口も聞かぬ様して避けた女子ではあったが、
邪鬼丸の言った様に、
陽気で芯の強そうな目鼻だちも伽羅という女子の
線の太い存在感も昔の名残をそのまま残していた。
「伽羅と、言うたかの?」
「やはり、波陀羅か?」
「あ、ああ」
「どうしておったのじゃ?軍冶山からおらんようになって・・・」
伽羅は波陀羅が軍治山から姿を消したわけに行き当たっていたが、
その事を口にだしてよいやらどうかを思い迷っていた。
今更、邪鬼丸のした事を慰めてみたとて済んだ事であり、
そして、何よりも波陀羅を出奔させた基である当の邪鬼丸は
無残な死を迎えてしまっていたのである。
優しげに波陀羅の事をいとう伽羅の言葉に
波陀羅がわっと顔を抑えると泣崩れたのを見て
伽羅の方が、肝を潰した。
そして、改めて波陀羅の様子を見詰めてみた。
着ている物も煤けていて、とても、幸せに暮している女子の姿では無い。
顔付きも窶れ果てていて、歳を食うたは致し方ないとして
一目で波陀羅と判らなかったのも無理が無いほど、様変わりしていたのである。
「なんぞあったのかや?我でよければ聞いてやるに。泣いておらず、話してみや」
言葉を選びながら、伽羅は波陀羅の背に手を置いた。
それでも、不幸せな様子の波陀羅に、
たぶん波陀羅の運命を狂わせた元である邪鬼丸の死だけは
伝えてやろうという気になっていた。
「のう?何があったか知らぬが、お前を苦しめた邪鬼丸も死んでしまったに。
お前が幸せそうで無いのを見ると邪鬼丸がした事が哀しゅうなってくる。
あれは、やはり地獄におちておるのじゃろう・・・・の」
言葉尻が呟きに変った伽羅をはっとした顔で波陀羅は見上げた。
「やはり、知らなんだか?」
と、邪鬼丸の死を知らされて、驚いた顔の波陀羅のその手をつかむと
伽羅はぐいと波陀羅を引き上げて立たせた。
「我の棲もうとる所は、すぐ近くじゃ。来や。
この寒空の下お前の話をきくのはすぐの事ではなさそうじゃに。・・・の?」
と、伽羅は笑ってみせた。
が、波陀羅はその伽羅の手を振り払い静かに押し退けると首を振って見せた。
「時間がとれぬか?
いや、それより嫌な事を言うがお前の姿を見ていると帰る当所さえ無いように見える。そうならば猶の事・・・・来や」
と、尚も波陀羅の身の上まで見抜いて伽羅が案じて優しげに言うのである。
何も知らぬ伽羅の同情を波陀羅が黙って受けるには
波陀羅がした事は罪深すぎたのである。



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